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「おっきりこみシンポジウム」開催概要

パネルディスカッション「群馬名物おっきりこみの可能性」

  • コーディネーター
    上毛新聞社役員待遇論説委員長 藤井 浩
  • パネリスト
    ○日本家政学会食文化研究部会部会長 大久保 洋子
    ○ジャーナリスト、あさを社編集主幹 木部 克彦
    ○みなかみ町観光協会 施井 真希子
    ○群馬県食生活改善推進員連絡協議会会長 渋澤 澄子
    ○伊勢崎忠治だんべ会親分 櫻場 弘美
    ○高崎市立新町第二小学校教諭 横田 雅博

概要

藤井:これから「群馬名物おっきりこみの可能性」をテーマに、皆さんにお話を伺っていきたいと思います。
 群馬県は粉もの王国と言えるほど、粉もの食が非常に多く、長い間、食べられてきました。その代表格が「おっきりこみ」であると思います。今日は、「おっきりこみ」を名物にしていこうという県のプロジェクトに対して、いろいろな角度からご意見をいただきたいと思います。
 私自身もそうですし、お集まりの皆さんも、麺好きな方が多いと思います。毎日のように食べても飽きませんし、中でも「おっきりこみ」あるいは翌朝食べる「たてっかえし」という言葉を聞くだけで思わずつばを飲み込んでしまうほどです。
 今日は、そもそも「おっきりこみ」の特質とは何なのか、それを名物として全国に発信するには何が必要なのか、皆さんにお聞きしていきたいと思います。
 まずは自己紹介がてら、「おっきりこみ」への思いや関わりをお話しください。

大久保:現在は東京に住んでいますが、18歳までは富岡市で過ごしました。これまで、実践女子大学で食文化論という講座を担当してきました。
 「おっきりこみ」は、子どもの頃、具だくさんな汁物として出されることが多かったと記憶しています。

木部:パネリストの中で「おっきりこみ」の原風景を身を持って体験しているのは私が一番かもしれません。藤岡市の農家のせがれでして、米、麦、野菜、和牛飼育などをやっていましたが、それとともに群馬の特徴である養蚕農家でもありました。
 「おっきりこみ」は養蚕農家に端を発するのではないかという言い方がよくされます。世界遺産登録との絡みもありますが、養蚕をやっておりますと、蚕に桑の葉をあげる作業を1日4回くらいやっていましたので凝った料理は作れませんでした。
 私より上の世代ですと、「米の代用食として食べてきたのでもう食べたくない」という人がいますが、私はいろいろな野菜や肉などが入っていて、ごちそうだという印象がありましたので、これが群馬の名物料理になっていないのは残念だという思いで過ごしてきました。

施井:4年前に群馬県に参りました。焼きまんじゅうはたくさん食べてきましたが、「おっきりこみ」は食べたことがありません。「おっきりこみは群馬県」という印象がないことと、北毛地域では「ちぎりっこ」やうどんはありますが、「おっきりこみ」を出しているお店がほとんどないというのが理由だと考えます。
 県外出身ですが、お話を聞くたびに「おっきりこみ」のポテンシャルを感じていますので、「こういうところがいいな」とか「こうしたらよいのではないか」といったことをお話しできたらいいなと思います。

渋澤:皆さん、食生活改善推進員のことをご存じでしょうか。私たちは、我が家の食卓を充実させることによって家族の健康管理を行うことから出発しました。群馬県では、昭和46年から、食生活を改善する人として、女性一人一人の力が結集されて組織力となって、地域に実践の和を広げる活動を展開してきました。
 県内35市町村すべてに協議会がございまして、現在、3,609名の推進員が地域活動を行っており、中でも子どもから高齢者までの食育ということで、生涯食育社会に向けた食育推進への取り組みを行っています。
 今回の「おっきりこみプロジェクト」についても、私たちの日ごろの活動の中で、地域の皆さんにご紹介していきたいと考えております。

櫻場:伊勢崎では「おっきりこみ」のことを「煮ぼうと」と呼んでいます。埼玉県深谷市が「煮ぼうと」を名乗って山梨県甲府市の「ほうとう」と対決するということを聞いて、それならば「おっきりこみ」で仕方ないだろうということで、国定忠治の格好をして20人くらいの子分を連れて殴り込みをかけたところ、対決を制して優勝してしまいました。
 今日は、お金をいただいて「おっきりこみ」を名物にするためにはどうしたらよいかという立場でお話したいと思います。

横田:以前、県立歴史博物館に勤務していた時に、群馬の粉ものをテーマにした企画展を開催したことがあります。その中で「おっきりこみ」も取り上げましたが、県内各地域で様々な呼び名、作り方があることが分かりました。
 私個人の「おっきりこみ」の思い出は、卒業論文を書くために農村地域を歩いていたところ、地元のおじいさんから「夕飯食べていかないかい」と声をかけられて、出してもらったのが「おっきりこみ」だったというのが初めてのことでした。
 甘楽町秋畑地区でしたが、味噌仕立てで肉も入っておらず、非常に素朴なものでしたが、おいしいなと感じました。
 今日は、「おっきりこみ」の地域ごとの違いや歴史についてお話ししたいと思います。

藤井:「おっきりこみ」に「お」が付くのはなぜでしょうか。私たちは、知っているようで分かっていないことがたくさんあります。「おっきりこみ」の歴史的な背景や特質についても、知らないことがたくさんあります。そのあたりから探ってみたいと思います。

大久保:文献があるわけではないので私見になりますが、「おっきりこみ」や「おっつけだんご」など、じかに煮込む料理に「お」を付けているものが、大正から昭和にかけて見られます。習慣的に、女性が、男性言葉に「お」を付けて丁寧に表現したのが始まりではないかと考えています。
 「お」もそうですが、小さな「っ」が入るのが、群馬らしくていいなと感じています。
 調理方法で見れば「煮込んだうどん」ですが、小麦粉と水をこねるだけで簡単にできるので、日常的な生活に染みこんでいった。水団であればさらに簡単なわけですが、そこに一手間かけて切り込みを入れて麺にしたというのが心憎いところかなと思います。
 日本は穀物を粉にする文化が遅れていたのですが、江戸時代に製粉技術が高まり、粉にする文化が広まりました。特に群馬県は山と川が多く、水車で粉をひくのに適した地形なので、このことも粉食文化が広まった一因ではないでしょうか。

藤井:農山漁村文化協会から出版されている『群馬の食事』の「月報」で、前橋市出身の詩人・伊藤信吉さんが、「大正時代に全国で米騒動が起こった時でも、群馬県ではほとんど騒動が起こらなかったのは、米ではなく粉食で生活していたからである」ということを書かれています。
 横田さん、県内での「おっきりこみ」の呼び名の分布や、広まった時期などについてお話しいただけますか。

横田:県内に広まった時期については文献が残っていないので難しいところですが、少なくとも石臼が登場してこないと粉を手軽に作れません。石臼が庶民に広まったのは江戸時代中期頃だと言われています。それ以前でも、月のうさぎの餅つきのような竪杵と竪臼を使って粉にしていましたが、大変手間がかかるものでしたので、広まったのはそれ以降だろうと考えられます。
 呼び名については、大きく3つに分けられます。1つ目は、「おっきりこみ」「おきりこみ」というもので、県内一円に分布しています。2つ目が、「煮ぼうと」「ほうとう」などの「ほうとう」系の呼び名が伊勢崎市から東の方で一般的なほか、吾妻地域の一部でも呼ばれています。3つ目が、「煮込み」「煮ごみ」という煮込みうどんの系統の呼び名で、館林、邑楽地域のほか、吾妻、利根の一部などでも呼ばれています。
 次に「おっきりこみ」の食生活での位置付けですが、農家の生活の1日を見てみますと、朝、多めにご飯を炊き、農作業で忙しいので昼もそのご飯を食べ、夕方になると「おっきりこみ」を作るわけです。そのため、「おっきりこみ」は夕食というのが一般的です。今と比べますと、高度成長期以前は非常に質素で、麺よりも野菜が中心で、畑でとれたものを何でも入れて食べるというものでした。古いものは、粉も小麦粉だけとは限らず、山間部では、とうもろこしの粉やそば粉、大麦粉といったものを混ぜて作っていました。
 また、あまり知られていませんが、「ハレの日のおっきりこみ」というものがありまして、「小豆ぼうとう」と言いますが、お汁粉に短めの「おっきりこみ」の麺を入れて食べます。お祝い事があった時や、雨が降って農家が仕事にならない時などに作って食べたということです。
 歴史的なところを見ていきますと、絹産業との関わりというのもありますが、忙しい農家が手早く作れる食事が重宝されたわけです。麺に塩を入れないことや、下ゆでしないということは手間を省くためですので、絹産業を支えた影の役者とも言えると思います。
 
藤井:絹産業と深く関わっているというお話がありました。世界遺産登録を目指している4資産には入っていませんが、群馬の粉食もまた絹産業遺産の一つではないかと思いが強くなりました。
 次に「おっきりこみ」の魅力について考えていきたいと思います。渋澤さんは、食生活改善推進員として、料理教室などでも「おっきりこみ」を作ることがあると思いますが、皆さんの反応はいかがでしょうか。

渋澤:私たちも、郷土料理、伝統料理ということで、食育については強い思いがあります。
 県では、「元気県ぐんま21」の伝統作り事業の一環としまして、中学生、高校生を対象に、朝食の大切さ、1日に必要な野菜の量といったことをテーマに、地場産の食材を使った料理教室を行っています。例えば、平成24年度に実施した事業では、中学2年生を対象に、5日間、学校に通って郷土料理を作りました。
 子どもたちは野菜離れが進んでいますので、野菜をたっぷり入れた「おっきりこみ」を作って食べることは、郷土料理や地場産野菜を知ってもらうことになりますし、栄養面でもバランスよく摂取できると思います。

藤井:身近にあるものというのは、当たり前すぎてなかなか価値を見出しにくいということがあります。木部さんは、そんな価値観をひっくり返してくれるご著書の中で群馬県の粉食文化についても触れています。料理としての「おっきりこみ」の魅力をお話しください。

木部:「おっきりこみ」は世界最高峰の料理ではないでしょうか。私は料理が好きで、自分でも「おっきりこみ」を作るのですが、いろいろな野菜を煮込むことで栄養がたくさんとれます。世界中がヘルシーブームですから、可能性として、かなりインターナショナルな料理ではないかと思います。
 皆さんにも、週2回くらい「おっきりこみ」を食べてもらえるといいのですが、生麺を煮込むうどんという基本を守れば、スープの味と具材を変えることで、簡単に100種類、200種類のメニューが作れるわけです。
 我が家には、いろいろな人が来るのですが、冬場は、お酒のしめに「おっきりこみ」を出します。トマトソース味の「おっきりこみ」は、女性と家族連れに大好評です。いろいろなバリエーションをつけられるというのは強みだと思います。
 また、群馬の名物料理にするためには、お店に行って食べられるようにすることももちろんですが、各家庭で食べるようにならないと、県外の人に勧めることができません。
 
藤井:櫻場さんの先ほどの発言で、深谷市と甲府市との対決に勝利したというお話がありました。その後、「いせさき元気大賞」を受賞されました。食を大事にすることは、地域を元気にする力になるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

櫻場:街をつくるというのは、その街を好きな人がどれだけ増えるかということだと思います。元気な大人がいて、家族や周りの人がその人のことを自慢に思うようになると、街に元気が出てきます。
 「おっきりこみ」は、郷土料理としては素晴らしい素材だと思います。何を入れてもいいわけですから、地域ごとに特産の食材を入れて、いろいろなものが作れます。
 ただ、お金をいただくという点について言えば、お店でいろいろなメニューを作っている中で、「おっきりこみ」も作るのは非常に面倒です。いつ来るか分からないお客さんのために、仕込みをしておくのは大変です。まとめて一度に作るには簡単ですが、一人分を作るのは非常に面倒な料理ですので、その点をどう克服するかが課題だと考えます。

藤井:県外出身者の施井さんから先ほど、「群馬といえばおっきりこみ」という印象がないとの趣旨の発言がありました。それについて、もう少しお聞かせください。

施井:みなかみ町に来られたお客様から「郷土料理は何ですか?」と聞かれることがよくあります。これまでに「おっきりこみです。」と答えたことはないのですが、皆さんのお話を伺っていて、ロマンとか歴史があるなと感じて、これからは「おっきりこみ」と言えるようになりたいなと思いました。
 群馬の皆さんの会話を聞いていると、「なっから」「だっぴゃ」「歩って」など、小さな「っ」が入ることが多いなと感じていて、これも群馬の魅力かなと思いました。
 また、現代はヘルシーブームで、昔の食事が見直されています。若い女性が玄米を食べていたり、「マクロビ」という粗食が注目されていたりしますので、野菜をしっかり食べられて、塩分が少なくて、手早く作れるということはエコにもつながってと、ぜひ食べてみたいなと思っています。

藤井:「おっきりこみ」は、おふくろの味というイメージがある一方で、農家の人はよく作るけれども、そうでない人には親しみがないと思われます。この点について、横田さんは、どのようにお考えでしょうか。

横田:私自身が農家出身ではないので、大学生の時まで食べたことがなかったわけですが、麺を作る板とのし棒がないと作れないですから、特に若い人には手が出しづらいところがあると思います。
 また、「子どもの頃から食べ続けてきたから、もう食べたくない」という印象をお持ちの年配の方は、お子さんに食べさせることが少なかったのでしょう。
 でも、若い人が全く食べられないわけではなく、私の勤務している小学校でも、給食に「おっきりこみ」が出ますし、子どもの頃に食べたものは大人になっても食べたいと思いますので、いろいろなところで、どんどん出した方がいいと思います。

藤井:渋澤さんは、いかがでしょうか。

渋澤:昔、「おっきりこみ」を食べた人たちの中には、また食べてみたいなと思う人もいるはずです。「おっきりこみ」は、その土地ごとの食材を使って作れますので、食育活動の中で、若いお父さん、お母さんたちに取り組んでもらえるようにしていきたいと思います。

藤井:それでは、どのようにしたら「おっきりこみ」が群馬の名物料理になるかということについて考えていきたいと思います。木部さんは、どうお考えでしょうか。

木部:「おっきりこみ」を粉から打って作るのは大変なことですから、お店で売っている製麺を買ってきて、まずは作ってみんなで食べてみるのが大事なことです。
 また、今日もいろいろなお話が出ていますが、歴史や絹産業との関わりをもとに、「おっきりこみ物語」や「おっきりこみ自慢ネタ」を作って、誰もが「おっきりこみ」のことを語れるようになるといいなと思います。
 また、群馬県は粉食文化の宝庫ですから、例えば群馬粉もの王国館とか、麺類王国館のようなものをつくるというのはいかがでしょうか。
 私は、県外の人へのお土産として、「おっきりこみ」の半生麺と自分で作ったレシピを持って行きます。みんなが県外の友人、知人にお土産として持って行くことも大切だと思います。故・福田赳夫元総理が、外遊に行かれるたびに水沢うどんをお土産に持って行かれて、「群馬のおっきりこみは世界一だ」と言われたそうですが、そうやって県外にアピールしていくことが、「おっきりこみ」のブランド化につながっていくだろうと考えます。

藤井:群馬粉もの王国館の構想は大賛成です。「物語」も重要だと思います。今のお話を受けて、施井さんは、「おっきりこみ」のブランド化に最も必要なことは何だとお考えでしょうか。

施井:まず、集中して一つに絞り込むことが大切です。いろいろな呼び方があるわけですが、一つに絞って「おっきりこみ」としてPRしていくこと、「群馬といえばおっきりこみ」とすることが重要です。
 次に、継続して発信することです。お金をかけて花火を打ち上げても、一過性のもので終わってしまいますので、とにかく続けることが大切です。
 全国でB級グルメ大会がブームになっていますが、これを最初に始めたのは、青森県の八戸せんべい汁を作った人です。全国に売り出そうとしたわけですが、地元の人は「家で食べるものだから、人に出すものじゃないよ。」と反対したそうです。結局、3人だけでスタートしたのですが、「家で食べるものだからこそ、誇るべきだ。」という信念で我慢して続けたことで、全国大会が開かれるまでになりました。

藤井:大久保さんは、名物料理の条件は何だとお考えでしょうか。

大久保:まず、名前が知られていることが第一です。ネーミングはもとより、その地域の特徴などが合わさって理解されることが大切です。
 江戸時代に『豆腐百珍』という本が出版されました。100種類の豆腐料理のレシピと、それぞれのおすすめ度や難易度も記載しましたが、これが大ヒットしまして、続編、続々編も作られました。これをまねして、『おっきりこみ百珍』というのを作るのはいかがでしょうか。

藤井:櫻場さんは、いかがでしょうか。

櫻場:まず、うまいことが絶対条件です。
 次に値段です。私がお店を出すとしたら、値段は500円くらいで、大きな鍋に「おっきりこみ」を作っておいて、おかわり自由にする。「おっきりこみ」に合った雰囲気作りも大切ですから、店内を江戸風にするといった演出も必要です。
 まずいものをプロモーションしても必ず失敗しますので、うまいものができてからプロモーションしてほしいですね。
 みんなでうまい「おっきりこみ」を作るために、県内各地に「おっきりこみ研究会」を作って研究してもらうというのもよいのではないでしょうか。

藤井:時間を過ぎてしまいましたので、このあたりで終了したいと思います。
 「おっきりこみ」を群馬の名物にしようというプロジェクトは、一つの料理をブランド化するということにとどまらない、スケールの大きな、群馬を変えていく可能性をもつ取り組みだとあらためて感じました。
 皆さん、ご静聴ありがとうございました。

[平成25年7月4日 午後2時~4時30分 群馬会館ホール]

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