古墳時代の群馬-東国文化の中心地

群馬の古墳とはにわ

1 群馬の古墳の特徴

  1. 昭和10年の全県域の調査により8,423基の古墳の存在が明らかになりました。全体では1万基以上が作られたと想定されています。
  2. 平野部の各地に100メートルを超える大型の古墳が作られました。
  3. 東国(東海・甲信・関東地方)では、圧倒的な質と量を誇ります。

2 群馬のはにわの特徴

  1. 群馬は「埴輪(はにわ)王国」と呼ばれ、日本における埴輪研究の「メッカ」とされています。
  2. 唯一の国宝埴輪である「武装男子立像」は、太田市飯塚町から出土しました。
  3. 国宝・国指定重要文化財の埴輪全42件のうち19件(45%)が群馬県から出土しています。

主な古墳

1 天神山古墳(太田市内ヶ島町) 1941年(昭和16年)国指定史跡

(1) 規模・形状

 全長210メートルの前方後円墳

(2) 築造時期

 5世紀中葉

(3) 特徴

 (ア) 規模は、東日本最大です。全国では26位、近畿地方を除くと3位とも言われています。
 (イ) 埋葬施設は、強い権力を持つ者に多く用いられ、東日本では極めて珍しい「長持形石棺(ながもちがたせっかん)」です。
 (ウ) 古墳本体の発掘調査はされていません。

写真:史跡天神山古墳(中央左)と史跡女体山古墳(右上奥)

史跡天神山古墳(中央左)と史跡女体山古墳(右上奥) (太田市教育委員会文化財課提供)


2 女体山古墳(太田市内ヶ島町) 1927年(昭和2年)国指定史跡

(1) 規模・形状

 全長106メートルの帆立貝型古墳

(2) 築造時期

 5世紀中葉 

(3) 特徴

 (ア) 天神山古墳の東方に隣接しています。築造時期は、天神山古墳より少し古いとされています。
 (イ) 天神山古墳と同時期に同一方向を向いて築造されていることから両古墳の被葬者には密接な関係があるとされています。

3 保渡田古墳群 (高崎市保渡田町・井出町) 1985年(昭和60年)国指定史跡

 (ア) 保渡田古墳群とは、「二子山古墳」、「八幡塚古墳」及び「薬師塚古墳」の三つの前方後円墳を中心とする古墳群です。
 (イ) 高崎市により、「かみつけの里博物館」を含めた「上毛野(かみつけの)はにわの里公園」として総合的史跡整備が進められています。

(1) 二子山古墳

 ア 規模・形状

 全長108メートルの前方後円墳

 イ 築造時期

 5世紀後半

 ウ 特徴

 (ア) 3基の前方後円墳の中で一番古い古墳です。
 (イ) 広い二重の堀の中に4つの中島があります。
 (ウ) 高崎市教育委員会により復元整備されました。

写真:史跡八幡塚古墳(中央手前)と史跡二子山古墳(右奥)

史跡八幡塚古墳(中央手前)と史跡二子山古墳(右奥) (高崎市教育委員会文化財保護課提供)


(2)八幡塚古墳

 ア 規模・形状

 全長96メートルの前方後円墳

 イ 築造時期

 5世紀後半

 ウ 特徴

 (ア) 二子山古墳に続いて作られました。
 (イ) 内堀、外堀、外周溝により三重に区画され、4つの中島があります。
 (ウ) めぐらされた円筒埴輪の数は、6,000本以上です。
 (エ) 内堤には2か所の形象埴輪配列区があり、100体以上の人物や動物埴輪が出土しました。
 (オ)  高崎市教育委員会により復元整備されました。

(3) 薬師塚古墳

 ア 規模・形状

 全長105メートルと推定される前方後円墳

 イ 築造時期

 5世紀後半

 ウ 特徴

 (ア) 3基の中で最も遅く作られました。
 (イ) 現在は西光寺の境内にあります。
 (ウ) 江戸時代に発見された馬具、鏡及び玉類が1939年(昭和14年)に国指定重要文化財になりました。

4 観音山古墳(高崎市綿貫町) 1973年(昭和48年)国指定史跡

(1) 規模・形状

 全長97メートルの前方後円墳

(2) 築造時期

 6世紀後半

(3) 特徴

 (ア) 横穴式石室内から大陸との交流をうかがわせる大量かつ豪華な副葬品が出土しました。

  • 銅の鏡は朝鮮半島の武寧(ぶねい)王の墓で見つかった鏡と同型のものです。
  • 銅製の水差しは、中国に類似のものが存在しています。

 (イ) 埴輪は、大型かつ精巧な作りで貴重なものです。
 (ウ) 県教育委員会が発掘・整備し、管理しています。
 (エ) 平成23年度には、見学者1万7千人の方が見学に訪れました。東京方面からも、数多くの小・中学生が学校行事の一環として見学しています。

写真:史跡観音山古墳

史跡観音山古墳


5 倉賀野古墳群(高崎市倉賀野町)

ア 高崎市倉賀野町周辺の浅間山(せんげんやま)古墳、大鶴巻古墳及び小鶴巻古墳を中心とする古墳群です。かつては、大小300基以上の古墳があったと言われています。
イ 浅間山古墳、大鶴巻古墳ともに群馬を代表する大規模古墳ですが、本格的な発掘調査はされていません。

(1) 浅間山古墳 1927年(昭和2年)国指定史跡

 ア 規模・形状

 全長174メートルの前方後円墳

 イ 築造時期

 4世紀後半

 ウ 特徴

 (ア) 二重の堀をめぐらし、葺石が葺かれ、円筒埴輪や器財埴輪(武器や武具をはじめ、首長しか持てないような特別な道具や家などを形どった埴輪)が出土しました。
 (イ) 古墳本体の発掘調査はされていません。

写真:史跡浅間山古墳

史跡浅間山古墳 (高崎市教育委員会文化財保護課提供)


(2) 大鶴巻古墳 1927年(昭和2年)国指定史跡

 ア 規模・形状

 全長123メートルの前方後円墳

 イ 築造時期

 4世紀後半

 ウ 特徴

 (ア) 堀をめぐらし、葺石が葺かれています。
 (イ) 円筒埴輪や器財埴輪が出土しました。
 (ウ) 堀に接して、全長87.5メートルの小鶴巻古墳が作られています。
 (エ) 発掘調査はされていません。

写真:史跡大鶴巻古墳

史跡大鶴巻古墳 (高崎市教育委員会文化財保護課提供)


6 白石(しろいし)古墳群

(ア) 藤岡市白石地区の七輿山古墳、白石稲荷山古墳及び平井地区1号墳などを中心とする古墳群です。
(イ) 前方後円墳、方墳、円墳など、さまざまな形態の各時代の古墳があり、さながら古墳の野外博物館という雰囲気を持ちます。

(1)七輿山古墳 1927年(昭和2年)国指定史跡

 ア 規模・形状

 全長約145メートルの前方後円墳

 イ 築造時期

 6世紀前半

 ウ 特徴

 (ア) 6世紀の古墳としては東日本最大級の規模です。
 (イ) 大型の円筒埴輪や、人物・馬などの埴輪が出土しました。
 (ウ) 古墳本体は発掘調査や整備はされていませんが、保存が良く、県内では最も美しい古墳と言われています。

写真:史跡七輿山古墳

史跡七輿山古墳 (藤岡市教育委員会文化財保護課提供)


(2) 白石稲荷山古墳 1993年(平成5年)国指定史跡

 ア 規模・形状

 全長約175メートルの大型前方後円墳

 イ 築造時期

 5世紀前半

 ウ 特徴

 (ア) 隣接する十二天塚古墳・十二天塚北古墳も一括して国指定史跡となっています。
 (イ) 1934年(昭和9年)に帝室博物館により発掘調査が行われtました。
 (ウ) 刀、銅鏡、勾玉、石製模造品が多数出土しています。
 (エ) 出土品は、東京国立博物館所蔵です。

(3) 平井地区1号古墳 1993年(平成5年)県指定史跡

 ア 規模・形状

 直径24メートルの円墳

 イ 築造時期

 6世紀後半

 ウ 特徴

 (ア) 平成3年度の発掘調査により、家・大刀・盾・靱・鞆・帽などの埴輪や装飾付太刀などの副葬品が出土しました。
 (イ) 出土品は、1997年(平成9年)に国指定重要文化財となりました。

(4)伊勢塚古墳 1973年(昭和48年)県指定史跡

 ア 規模・形状

 直径30メートル前後の円墳

 イ 築造時期

 6世紀後半

 ウ 特徴

 横穴式石室が模様積みとなっています。

7 大室(おおむろ)古墳群

 (ア) 前橋市西大室町・東大室町にある、前二子古墳、中二子古墳、後二子古墳などを中心とする古墳群です。
 (イ) 「日本書紀」に書かれている豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)と、その子供たちの墓という伝説があります。
 (ウ) 古墳群と民家園などを含め、前橋市が大室公園として公園化しています。
 (エ) 1878年(明治11年)に前二子古墳及び後二子古墳の石室が開けられ、副葬品が出土したとの記録がありますが、現物は、ごく一部しか残っていません。

写真:大室古墳群全景 

大室古墳群全景 (前橋市教育委員会文化財保護課提供)


(1)前二子古墳 1927年(昭和2年)国指定史跡

 ア 規模・形状

 全長94メートルの前方後円墳

 イ 築造時期

 6世紀前半

 ウ 特徴

 (ア) 大型の円筒埴輪や人物、盾持人、馬、家、盾、大刀、矛などの形象埴輪が出土しました。
 (イ) 内部全面が赤く塗られた横穴式石室があります。
 (ウ) 1880年(明治13年)3月、幕末維新の英国人通訳として著名なアーネスト・サトウが副葬品を調査しました。近代的古墳調査の先駆けとなった古墳です。

写真:史跡前二子古墳 墳丘 

史跡前二子古墳 墳丘 (前橋市教育委員会文化財保護課提供)

写真:史跡前二子古墳 石室 

史跡前二子古墳 石室 (前橋市教育委員会文化財保護課提供)


(2) 中二子古墳 1927年(昭和2年)国指定史跡

 ア 規模・形状

 全長111メートルの前方後円墳

 イ 築造時期

 6世紀前半

 ウ 特徴

 (ア) 二重の周堀がめぐり、墳丘と中堤の一部に葺石があります。
 (イ) 盾を持った人物埴輪が中堤から出土しました。
 (ウ) 石室などは発掘調査はされていません。

写真:史跡中二子古墳

史跡中二子古墳 (前橋市教育委員会文化財保護課提供)


(3)後二子古墳 1927年(昭和2年)国指定史跡

 ア 規模・形状

 全長85メートルの前方後円墳

 イ 築造時期

 6世紀中頃から後半

 ウ 特徴

 (ア) 周堀がめぐらされています。
 (イ) 円筒埴輪や人物、馬、盾、大刀などの形象埴輪が出土しました。
 (ウ) 円筒埴輪に親子の猿や犬の小像が貼り付けられたものがあります。
 (エ) 巨石を用いた、複雑な構造の横穴式石室があります。

写真:史跡後二子古墳

史跡後二子古墳 (前橋市教育委員会文化財保護課提供)


このページについてのお問い合わせ

教育委員会事務局文化財保護課
〒371-8570 前橋市大手町1-1-1
電話 027-226-4684
FAX 027-243-7785
kibunkaho@pref.gunma.lg.jp