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WHO本部及びロンドン大学保健医療事情調査報告(3)

更新日:2014年8月22日 印刷ページ表示

特別レポート1 平成25年度地域保健総合推進事業(国際協力事業)

第3回WHO本部各事業の視察と執行理事会の傍聴

調査団

誌面監修:西垣 明子(長野県木曽保健所)

築島 恵理(札幌市保健所)渡邉 美恵(徳島県徳島保健所)照井 有紀(宮城県塩釜保健所)酒井 由美子(福岡市城南保健所)武智 浩之(群馬県伊勢崎保健所)

 この特別リポートは、標記の調査報告を抜粋し、全3回でご紹介する企画です。最終回は前回に引き続き、WHO本部にて受講した各局の事業内容と執行理事会の傍聴についてご報告します。

食品安全とWHO

講師:小島 美奈先生

Technical Officer:Department of Food Safety and Zoonoses(FOS)

食品に係るリスク評価

 食品安全・人畜共通感染症部(FOS)は、食品や動物に由来する疾病による健康被害を低減するため、様々な角度からの対策を提案・推進している部門です。国連食糧農業機関(FAO)、国際獣疫事務局(OIE)などの国際機関とも密接に連携し、全てのフードチェーン(farm to table:生産現場から消費者まで)を対象とした多岐にわたる活動を行っており、今回はその中から、特に「食品に係るリスク評価」(図1)についてお話を伺いました。

図1 食品に係るリスク評価

表1 食品に係るリスク評価 画像

FOSについて

 FOSは、科学的知見に基づいたリスク評価を、消費者の健康の保護や製品の安全性の確保を目的とするリスク管理のために、主にコーデックス委員会からの依頼を受けて提供しています(コーデックス委員会:食品の国際基準〈コーデックス基準〉を作るためにFAOとWHOが1963年に設立した政府間組織)。

 評価は、データ・文献・専門家からの意見を基に行われ、その結果はリスク管理側に「科学的助言」として提供されています。例えば、コーデックス委員会による国際基準策定や、国及び地域の食品関係法規の策定に用いられているとのことです。

 FOSでのリスク評価により策定された国際基準が、各国間のトラブル回避のために用いられることもあります。

INFOSANについて

 食品による健康被害発生時の国際的な緊急時情報ネットワークであるINFOSAN(国際食品安全機関ネット:The International Food Safety Authorities Network)が関わった事件の中では、生物学的ハザード、中でもサルモネラ菌属が最多であり重要視されています。それに加えて注目しているのは、今まであまり発生していないという意味で「寄生虫」だということでした。また、INFOSANでは「原発事故と食品の放射性汚染に関する情報」も情報提供されています。

 その他、情報の流れに関連して、日本で昨年発生した「冷凍食品農薬混入事件」では、日本からWHOに情報は提供されているけれども、その製品の海外輸出は行われていないのでINFOSANに対して報告はされていない、とのことでした。

食品の安全

 グローバル化で、人も食品も世界中を移動し、低価格化のための競争がますます過熱する中で、食品の質の担保はどうなるのでしょうか。国が違えば常識も違うとするならば、その国の食品を信頼するためにも、ますます国際基準が重要になってくると考えられます。

 リスク評価を世界基準で行うこの部署の予算は決して潤沢とは言えないそうで、これは由々しき問題です。これから、FOSが扱う問題はボリュームが増すはずで、こういった分野に人材も予算も惜しんで欲しくない、と思わざるを得ませんでした。

 また、食品安全分野における日本の貢献として、やはり日本の専門家の存在は大きいとのことで、食品安全の分野での日本の信頼度というものを誇りに思いました。

「分かりやすく説明すること。伝えること」

 リスクコミュニケーションについては「とにかく、わかりやすく、丁寧に説明すること。更に、化学には不確実なことがある。その不確実な部分をもきちんと説明することが大切」。

 ちなみに、FOSの業務のひとつである「微生物規準の統計学的・数学的側面の解説」について、コーデックス委員会から「easyな表現で」と注文があったとのことです。

 安全は科学で測ることはできても、安心は必ずしも科学的に評価できません。当たり前のことですが、「科学的知見に基づいた判断」が必要であることを改めて意識しつつ、しかし、きちんと伝えること、伝える努力を惜しまないこと。このことは、食品安全のみならず、今、公衆衛生の抱える全ての問題に必要なことなのだ、と強く感じました。

UHC&HRH(Universal Health Coverage & Human Resources for Health)ユニバーサル・ヘルス・カバレッジと保健人材

講師:野崎 慎二郎先生

External Relations Officer:Global Health Workforce Alliance

UHCとは?-Global Health Workforce Alliance(GHWA)のミッション-

 WHOの定義によると、UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:Universal Health Coverage)とは「全ての人が適切な予防、治療、リハビリなどの保健医療サービスを、必要なときに支払い可能な費用で受けられる状態」をいい、グローバルヘルスのホットトレンドです。マーガレット・チャン事務局長は再選の際、UHCについて発言し、以来、折に触れて言及しているとのことで、UHCをポストMDGs(ミレニアム開発目標)における中心的な保健課題として捉えていることがうかがわれます。UHC達成のキーワードは、「金」と「人」であり、GHWAは、UHC達成のため、資金調達及び保健人材(HRH:Human Resources for Health)育成に尽力しています。

医療費支出の仕組みとUHC達成の成功事例

 国家財政からどのように医療費を支出するかに関しては、主に3つの方法があります。

 1つは「保険」です。国公立・私立の病院が併存している場合に採用されやすい方法ですが、途上国では難しいといわれています。2つ目は「税」です。私立病院に「税」を資金配分することに抵抗感があることも多く、殆どの病院が国公立の場合に採用されやすい方法です。残るもう1つは、患者の「自己負担」です。この場合、貧困層が十分な医療を受けられない可能性があります。

【成功事例1】

「保険」~日本:国民皆保険制度

 日本は、1961年から始まった国民皆保険制度を今日まで維持しており、各々に応じた負担額で、誰もが、いつでも、どこでも、一定の水準の医療サービスを受けることが出来ます。増大する医療費支出に対しては、患者の窓口負担増や介護保険、後期高齢者医療制度の導入などによってUHC達成を維持していますが、今後も増大する医療費支出をどうコントロールするか、日本の「診療報酬」に興味が寄せられています。さらに、世界全体が高齢化へ向かう中、いち早く超高齢社会(高齢化率21%)を迎えた日本の動向が注目されています。

【成功事例2】

「税」~タイ王国:30バーツスキーム~

 タイでは、30バーツ(100円程度)支払って登録証をもらうと、誰でも無料で医療が受けられる仕組みを構築しました。ACバイパス手術程度までは無料で受けられると知り驚きました。タイではほとんどの病院が国立で、これまで医療のアクセスが可能な国民は、保険に加入している25%のみでした。

 30バーツスキームでは、これまで税収を医療費支出に充てて各病院に配分していたのを改めて、住民が病院に登録するシステムを設け、登録者数に応じて病院に資金配分するようにしたため、病院が競って登録者を増やし、国民の95%が簡単に医療のアクセスが可能となりました。タイはUHC達成におけるこの成功を、全世界に誇っています。

UHC達成の目的についての一考察

 UHC達成の目的は、「乳幼児・周産期・妊産婦死亡の減少」と「青壮年期疾病罹患率及び死亡率の減少」ではないでしょうか。

 乳幼児・周産期・妊産婦死亡の減少は、子どもと女性の人権に関わる問題で、子どもを労働力としてではなく、女性を労働力(=子ども)の生産者としてではなく、ひとりの人間として存在価値を認めることにつながります。

 また、疾病や死亡による青壮年期労働力の喪失は、国家の財政収入の減少を招きかねません。青壮年期の医療アクセスが向上すると、労働力の確保につながり、国家財政の安定・経済的発展が促され、多くの国民の「保険」加入や医療費の自己負担により医療費支出を賄うという将来像が描けるのではないかと思います。

「答えは一つではない、明確な答えはない、試行錯誤して答えを求めている」

 国民皆保険制度によりUHCを達成した日本ではありますが、それ以来、増大する医療費支出と闘ってきました。今後、どのように UHC達成を維持していくか、医療だけでなく、予防・介護を含めた総合的な対策を進めていく上で、柔軟な思考力と変化を恐れない実行力が必要だと強く感じました。日々の業務を振り返り、今までのやり方に固執することなく様々な方法を探り、よりよい答えを求める姿勢を持ち続けたいと思います。

WHO執行理事会傍聴

 私たちのWHO訪問時期が、ちょうど執行理事会の開催期間と重なったため、幸運にも執行理事会を傍聴できることになりました。

 執行理事会(Executive Board)は、WHO総会で選出された34か国が推薦する執行理事により構成され、毎年2回(1月と5月)に開催されます。毎年5月にジュネーブで開催されるWHO総会(World Health Assembly)の議論を事前に調整し、WHO総会へ助言や提案をすること、WHO総会での決定事項を実施することなどが主な役割です。

 議場内の傍聴席は、最近WHOが執行理事会の出席国や出席者(NGOなど)を増やしてきたため、出席国の関係者以外に対しては、傍聴室が別に設けられていました。

 当日は早めに傍聴室前で待機し、開場とともに入室しましたが、席はあっとう間に埋まっていきました。着席してイヤホンを装着すると、ちょうど日本代表である執行理事の尾身茂自治医科大学教授(厚生労働省国際参与)が議長から指名され、スピーチが始まりました(ちなみに、次の議題も議長から“Who goes first?と尾身先生が指名されました)。

 傍聴者は、モニターを見ているというより、黙々とPCに向かっている方が多く、メディア関係の入室者も多いという話でした。

 執行理事会ではテーマに沿ってそれぞれ自国の立場を述べていくわけですが、いわゆる議会と同様、発言は事前に練りこまれており、その場での突っ込んだ議論は難しいとも思わされました。語学力不足の中でも感じたのは、どの国も自分の立場をアピールし、他国やWHO援助・協力を要求するような発言が多いということです。

 出席者が多すぎるのも、議論が深まらない理由のひとつという意見もあり、なるほどと思わされました。

 きっと執行理事会の休憩時間には、もっと生々しい駆け引きが繰り広げられているのでしょう。実際、理事会の中で、マダムChairが、ウイットに富んだ発言で場を仕切り、「少し休憩しましょう。コーヒーでも飲んで話し合ってきてちょうだい」という感じで、折り合いを付けられるように軽やかに駆け引きさせている場面もありました。

 理事会参加国には、チームを組んで大勢のスタッフを送り込んでくる国もあれば、参加人数が少なく、若い人が一人で座っていたりする国もありました。これは国の規模に依るのか、それともその国の保健施策にかける姿勢なのかは分かりませんが、色々なお国の事情を感じ取ることができました。

 今回の執行理事会傍聴で、WHOは、研究機関であるLSHTMとは全く異なり、各国の利害関係を調整する役割の組織なのだと、あらためて感じました。こういった場での日本代表の発言内容や振る舞いの重要性、それらを支える日本人スタッフによって、世界に対する日本の貢献が支えられていることを実感しました。

終わりに

 この度の調査事業は、各人それぞれに実り多い貴重な経験になりました。

 WHOを初めとする国際保健の舞台で活躍されている方々や、公衆衛生施策に関わる先駆的な研究を進める研究者の方々との出会いを通してそこから感じ取れるものには、言葉では書き表せない、報告書に書き尽くせない部分も多くありました。しかし、そういった空気感を感じることができたのが一番の収穫だったようにも思います。

 今回の調査事業に当たり、このような貴重な機会を与えていただいた日本公衆衛生協会並びに全国保健所長会に厚くお礼申し上げます。

 また、事前にご指導いただきました、日本公衆衛生協会の篠崎英夫先生、前全国保健所長会会長の佐々木隆一郎先生、山中朋子先生、遠藤幸男先生、現地で調整にご尽力いただいたWHOの木庭愛先生、谷村忠幸先生初め、熱意あるご講義や細かなお気遣いをいただいた先生方、夜分にも関わらずご自宅にご招待くださいましたWHOの中谷比呂樹先生、更に、この事業全体の連絡調整を担当してくださった公衆衛生協会の米山克俊総務課長初め、今回の調査事業に関わってくださった全ての方々に、この場をお借りして心からの感謝を申し上げます。

 そして、日本公衆衛生協会の遠藤弘良先生には、事前のご指導含め、調査日程全般にわたってご配慮いただきました。無事に調査を終了できたことに調査団一同より深く感謝申し上げたいと思います。

 今回の貴重な経験を日々の業務に還元していくことこそが、参加した私たちの責務でもあり、そのような気持ちで今後もそれぞれの業務に取り組んでいきたいと思います。

本当に有難う御座いました。

※なお、本報告は私たち調査団の個人的見解であり、講師の先生方や各所属組織の公式見解ではないことをお断りします。

コラム

  • WHOの建物の中の「日本」
     建物に入ると、歴代の事務局長の写真が飾られています。日本人初の国連機関トップとしてWHO事務局長を務め、2013年1月に亡くなった中嶋宏先生の写真もありました。
     そして、日本財団笹川良一氏の銅像です。1984年、WHO笹川健康賞が創設されました。過去の受賞者たちは、ユニークで革新的なプライマリ・ヘルスケア活動を通じて人々の健康増進に貢献しています。
     WHO内の様々な部屋、絵画、庭などは全てが加盟国からの寄付によっており、それぞれに寄付した国の名前(日本庭園もありました)が付けられています。

出典

『月刊公衆衛生情報』2014年7月号、日本公衆衛生協会

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