山崎佳隆さんのページ28「古代米の田植え・かみつけの里博物館」/県民リポート

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山崎佳隆さんリポーター番号17 山崎佳隆さん(高崎市)のページ28

◇ 往古に思いを馳(は)せ古代米の田植え〜かみつけの里博物館〜(7月1日 高崎市)

 榛名山麓(ろく)の古代文化に取り組む「かみつけの里博物館」では、このほど、古代人が食べていたと思われる古代米の苗を「井出二子山古墳」の南側の田んぼに植えました。

 田植えが行われたおよそ7アールの田んぼは、連続した青田の片隅にあります。付近の水田との交雑を避けるため、やや時期をずらし、周辺の青田に染まりながら行われました。早乙女ならぬ親子をはじめとするボランティアの手によるものですが、縄を張って植え筋が曲がらないように工夫するなど、にわか仕立てにしては疎植の体裁も整えておりました。

古代米の田植えの様子 かみつけの里博物館は、高崎市ほか7市町村の広域施設として設立された考古博物館です。その後、市町村合併に伴い、現在は高崎市と安中市の広域施設になっています。保渡田古墳群(国史跡)を中心とする「上毛野はにわの里公園(12.9ヘクタール)」の一角にあり、史跡の解明や保存に取り組むとともに地域学習の拠点としての役割を果たしています。

 保渡田古墳群というのは、5世紀後半から6世期初頭にかけて造営された100メートル級の墳丘をもつ前方後円墳(二子山・八幡塚・薬師塚)から成り、この時期の上毛野(群馬県)地域を代表する首長墳と位置づけられ、近くの首長居館三ツ寺I遺跡に対応する墓域であるともいわれています。

 この古墳群の所在地は、榛名山の東南麓に位置し、山麓基幹河川の一つである井野川左岸にあります。高崎市(旧群馬町)井出町から保渡田町にかけてのおよそ標高130メートルにあって、今から1,500年前のこの地は古代豪族の居館が近くに存在し、その周りには集落が形成されて、にぎわいをみせていたことがうかがえます。

 ところが、6世紀の初めの榛名山の大噴火により、山麓は火山流や土石流で覆い尽くされてしまいました。このベールをはげば、古墳群から北方は榛名山の山麓斜面地が、また南方は緩斜面の湧(ゆう)水地帯が見られ、南方一帯には古墳と同時期の水田遺構がくっきりと浮かび上がるといわれます。
 水田遺構は、畦(あぜ)で囲まれた田んぼ1枚の大きさがおよそ畳1〜2枚という極小区画水田による棚田だそうで、ここに用水を効率的に行き渡らせて稲を栽培したとされています。

井出二子山古墳と田植え風景 それでは、この水田でどのような古代米が栽培されていたかというと、今のところもみや炭化米は発掘されていないようで、今後、「発掘出土米」などの発見が期待されるところです。将来、遺跡から出土する植物のDNA鑑定を通じ、古代の稲が復元できるかも知れないと思うと、この場は限りない可能性を秘めているといえます。

 「古代米」というのは、一口で言えば私たちの祖先が栽培していた稲を収穫した米のことです。草丈が高いので倒れやすく、収量は低く、芒(のげ)が長く、脱粒性や種子休眠性などの特色を色濃く残しています。代表的なものに、「赤米」「黒米(紫黒米ともいう)」「香り米」などがあり、玄米に色や香りを持っているため品種改良にふさわしくなく、日本や世界各国の片隅で主として神事や小民族の間で栽培されるなど、古くから営々と受け継がれてきた稲の種類を言います。

 日本に稲が渡来したのが縄文晩期であるとして、どのようにして種は運び込まれ、どのようにして普及していったのか興味は尽きません。現代の人々が当然のように使用している農薬も化学肥料もない時代に、古代の人々は、ひたすら木製品の農耕具に頼る稲作を続けてきたのだろうかと思うと、その農耕生活の一端を知っておくことも大事だと思われます。

  最近、博物館や資料館などの施設では、古代体験学習とも関連づけて古代米といわれる赤米や黒米への関心が高まってきて、古代の田んぼに似せた水田づくりや稲作栽培を取り入れるところが増えてきていると言われますが、施設の性格から可能な限り再現を念頭にした取り組みが求められます。
 当館では、古くから受け継がれてきた岡山県総社市の本庄国司(ほんじょうくにし)神社に伝わる日本型赤米の種籾を譲り受けて栽培し、「古代米づくり親子体験」として収穫までの間、かかし作りや稲刈り、収穫祭など数々のイベントを予定しています。展示室には、刈りとった稲穂の一部が「かみ博田んぼでとれた古代米(赤米・黒米)」として展示されています。

  かみつけの里博物館は、ここに取り上げた「古代米づくり」のほか、常設展示を通じ榛名山麓の古代文化に触れることができ、史跡保渡田古墳群が人物や動物はにわの充実でも知られるところから、週末の「はにわづくり教室」、夏休み中の子ども向け体験学習「わくわく古代体験」など、盛りだくさんのメニューが用意されています。
 当館を一歩外に出れば、北に榛名山が望める「上野野はにわの里公園」が広がり、古墳時代社会を考究する好個のフィールドです。


山崎佳隆さんのこれまでのリポート

◇ 咲きにおう「大賀蓮(はす)」〜吉井いしぶみの里公園〜(2007年6月30日 吉井町)
◇ 旅を生ききる −若山牧水と草鞋(わらじ)− 群馬学「牧水と吾妻」にちなんで(2007年6月17日 中之条町)
◇ 『前橋藩松平家記録』の刊行とその参加型解読〜前橋市立図書館とその取り組みの一事例〜(2007年12月2日 前橋市)
◇ 平井城址(し)を歩く〜「藤岡の中世」から〜(2006年11月16日 藤岡市)
◇ 刈田の風景(2006年11月1日 高崎市)
◇ 箕輪城址 〜一つの視点〜(2006年10月29日 高崎市)
◇ 怪しくもおごそかに包まれた舞のひととき/椿名神社の薪神楽(2006年10月28日 高崎市)
◇ 暮坂峠の若山牧水−「牧水まつり」にちなんで−(2006年10月20日 中之条町)
◇ 始まります館長講座/県立歴史博物館(2006年6月24日 高崎市)
◇ それ“紫冠”(むらさきのくぶり)のごとし〜キリの花からあれこれ〜(2005年5月25日 高崎市)
◇ もう一つの開花前線〜ニセアカシア(ハリエンジュ)(2005年5月10日 高崎市)
◇ 咲き誇るフジの花から気づくこと(2005年5月8日 高崎市)
◇ 一撃の剣法・馬庭念流〜鏡開き見物記〜(2005年1月16日 吉井町)
◇ 前橋の初市まつり(2005年1月9日 前橋市)
◇ 少林山のだるま市 2005/七草大祭(2005年1月6日〜7日 高崎市)
◇ 貫前神社仮殿遷座祭にぎわう/式年遷宮(2004年12月12日 富岡市)
◇ 埋もれる作家・倉田潮/再び県立女子大学公開授業から(2004年11月5日 玉村町)
◇ 道祖神と共生の里/私の群馬再発見3(2004年10月31日 倉渕村)
◇ 稲田から消えゆく風景/私の群馬再発見2(2004年10月8日 群馬町、2004/10/14 藪塚本町)
◇ 羽鳥千尋/群馬県立女子大学公開授業から(2004年10月15日 玉村町)
◇ 秋の野に咲く花/私の群馬再発見1(2004年10月8日 群馬町)
◇ 出かけてみませんか!群馬県立女子大学の公開授業(2004年10月5日 玉村町)
◇ 音楽会のチケットと萩原朔太郎(2004年9月19日 前橋市)
◇ 市町村の縁組み (2004年7月28日)
◇ 草いきれに鎌を振って/観音山の森林整備ボランティアに参加して (2004年7月17日 高崎市)
◇ 濃霧に木々の鼓動を聞いて〜小根山森林公園の森林整備ボランティアに参加して(2004年6月27日 松井田町)
◇ 旧官営富岡製糸場に光を(2004年6月14日 富岡市)


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