ぐんま 現代の名工
土田 利雄   [つちだ としお]
平成5年 卓越技能者受賞 大工
規矩術の極意を伝承
土田 利雄さん
規矩(きく)術とは、“さしがね遣い”といい、「大工の生命」といわれる。神社や仏閣、多角形の建物の隅や軒回りの組み立て角度を知る方法として、昔から伝えられてきた。
実際、多種にわたる大工の建築現場においても、角度を知る最も正確な方法として、多く利用されてきたが、複雑な形状の構造部材をさしがねを使って、墨付け、木ごしらえをして、取り付けるわけで、その習熟は非常に困難ともされていた。
第一人者に学び工匠の道目指す
昭和24年に中学校卒業後、見習い大工として星野建設に就職し、建築大工としての道を歩みだした。その後、規矩術の第一人者である田子光一郎さんに認められ、その門下生となった。「そこで、私は規矩術の極意を学ばせてもらったわけです」と、当時をふりかえる。
この道「規矩術」に優れた者は、誇り高き工匠(技術の優れた職人を芸術家としてみなした呼び名)とされ、大工の棟梁(とうりょう)として、他の職人より、その技能を高く評価されたという。
工匠の技は、先祖伝来の技術や奥義を相続者ひとりだけに継がせ、ほかに漏らしてはいけない、一子相伝(いっしそうでん)の秘伝とされ、門外不出であった。
「そのため、それまで、あまり表にでることはなかったのですが、私はありがたいことに、田子先生から、古来からの、いろいろな手法で行われてきた規矩術の理論とその基本を学ぶことができたのです」
勉強はできたものの、その内容は厳しく、「工匠がさしがねを使用し、材料に墨付けをし、その墨の通りに、木ごしらえ、取り付けをして、建築物を仕上げるものですから、机の上の図面のように、仕損じて消しゴムで訂正できるような簡単なものではなかったんですよ」と、説明する。
田子さんからの指導プラス独学で研究開発を進め、さしがねを使えない若い人や、作業の迅速化も考慮し、やがて、その経験と知識によって、“簡単な規矩術”が生み出された。
それは「平面と垂直度を知り、計算によって材料の寸法、角度を求める方法」だった。そして、その計算に電卓を利用することにより、さらに正確な数値をだすことに成功し、“算定による規矩術”の誕生となった。
技術集大成した『さしがね術図解』
「私が考案した方法が、現在、各種技能検定や採点の型板作製、認定職業訓練校の実技指導でも、正確で簡単な組み立て角度を知る方法として、採用されているのは、うれしい限りですね」と、成果を喜ぶ。もちろん、業界の発展に寄与していることは、だれもがみとめるところだ。
その技術の集大成として、1級建築大工技能検定実技試験用の図解と算定方法を解説した『さしがね術図解』(理工学社)が発行された。それは、昭和63年から、図面の作成が課せられるようになったため、それを苦手とする多くの現場で働く人たちのための出版であった。
井の中の蛙が大海を制す快挙
現在、名工の名をほしいままにしている土田さんではあるが、建築大工を志して15年を迎えた、昭和38年の第1回県技能競技大会への出場には、忘れられない思い出があるという。
その年、土田さんは、大会の話を聞き、「ことわざにもあるように、“井の中の蛙(かわず)大海を知らず”ではいけないと思い出場を決意」したのだった。大会では、建築大工1級部門への参加者208人が互いに技を競いあった。
その結果はなんと、「全く、予想もしない1位になったんですよ」しかも記録は56分。2時間10分の2位を大きく引き離しての快挙であった。その時の委員によって、「1位があって、2位がない見事な優勝」と、その技能に折り紙をつけられた。「私にも大工としての道がようやく開けたと、感無量でした」と、若かりし日を思い出す。
1級技能者120人を育て 今も研究に意欲
その抜きんでた技量を後進の指導にも大いに生かし、昭和38年には、職業訓練指導員の免許を取得し、39年からは、渋川地区高等職業訓練校の建築科指導員として従事、120人を1級技能士に育てることができ、優秀な技能者育成に、現在も努めている。そのほかにも、建築大工技能検定委員も昭和42年から務め、枠組壁建築主席検定委員も兼任、平成2年には、中央職業能力開発協会長から感謝状も受けている。
さしがねを駆使して作業する土田さん
さしがねを駆使して作業する土田さん
数々の指導歴の中で、建築大工関係の国家検定に、実技指導員として活躍し、平成5年度までに650人に合格者を生み、県技能競技大会において、1位入賞者12人を出している。
また、技能五輪大会出場者を22年間引率し、45人を全国大会にも出場させ、技能グランプリの出場選手の養成指導にも熱心で、多くの入賞者を育てる指導力を持っている。その功績によって、他県からの指導要請も多いという。
県建築業組合連合会や大工職組合、建設組合技能士会などの要職にもつき、工期短縮の工法を開発し、さらに建築物の郷土誌作成のための年代や構造の研究にも従事する幅広い活躍を行ってきた。
長い間に培われてきた研究や経験に基づいて、渋川市にある天台宗関東五ケ寺、真光寺万日堂の年代や構造に関する研究を、文化財保護の専門家との共同で行ったことも見逃せない。
現在も、従業員14人の工務店社長として、直接工事に携わる忙しい日々を過ごしている。「今後も、施工者の立場から、建築基準法や設計基準、また、施工法などの問題点を研究し、改善していきたい」と60代を迎えた今も、ますます意欲に燃えている。