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ひゅうまにあ通信44号

更新日:2011年3月1日 印刷ページ表示

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第27回地域づくり団体全国研修交流会佐賀大会 研修報告

平成21年度新規加入地域づくり団体の紹介

地域づくり人物リレー 第5回

  •  きりゅう市民活動推進ネットワーク 角田亘さん

第27回地域づくり団体全国研修交流会佐賀大会 研修報告

武雄市の大楠

去る2月5日から6日にかけて佐賀県佐賀市民文化会館において、第27回地域づくり団体全国研修交流会佐賀大会が開催されました。今回は、九州地方という遠い場所でしたが、当県からは12名の地域づくり団体の方の参加がありました。

 当日は、佐賀県内13か所に分かれ、分科会が行われました。この全国大会は、全国の地域づくりに携わる熱い思いを持った方と交流できる場所です。来年度は青森県で開催される予定ですので、ぜひ参加してみてください。たくさんの収穫があるはずです。

 今回、みなさんが収穫した一部を紹介したいと思います。

第5分科会 鳥栖市基山町

榛名まちづくりネット 芹澤優

 大会テーマは「もやい」でつなぐ「協働のまち」~平成まちづくり維新は佐賀から~である。世界不況の嵐は、当然佐賀にも吹いていると言う。嵐が吹き去るまでじっと我慢して地域コミュニティを再構築する時だと思い、昔から培って来た相互扶助「もやい」の精神を復興させようと官民協働で出来るまちおこしを摸索しているとのこと。「もやい」とは当方でいう「ゆい」と同じことである。

 しかし、言葉では官民一体で協働しましょうというが、本当に協働が出来ているのか。官は財源減収で頭打ち・人減らし等々の現況、民間は企業存続を懸けて汲々としている状況という中で、実際の協働の現場を見たかったのである。

 分科会は「九州の交差点とす(鳥栖市)・きやま(基山町)企業との連携から地域の元気が見えてくる~自然と人が輝くまちづくり/里山・美味しい体験~に参加した。

 群馬でも企業メセナで頑張った時もあったが、今は影を潜めてしまった。

 この地では、「コカ・コーラウエスト」と連携した環境推進・子育て支援活動を地元のNPOと絡んで協働活動を行っていた。官が企業と活動団体との仲介役を行いつつあるとのことである。県がこれを推進し始めていた。「平成のまちづくり維新は佐賀から行う」と実行委員長が大会宣言の中で言っていたことが、心に強く響いてきた。

 群馬へ戻り、わが「榛名まちづくりネット」も異業種のネットワークで地域活性化活動を行っていることが、間違いでないことを再確認することが出来た中身のある研修交流会であった。

第7分科会 伊万里市

NPO法人赤城地域活性化の会 岩崎幸代

 2月5~6日に、地域づくり団体研修交流会「佐賀大会」が佐賀市文化会館で開催されました。佐賀県の伝統芸能である「玄蕃一流天衝舞浮立」によるオープニングアトラクションで歓迎され、佐賀県知事・原口総務大臣(ビデオメッセージ)・地域活性化センター理事長の歓迎挨拶があり、更に地域資源を生かし先進的に取り組んでいる4つの団体によるトークセッションがあり、「もやい」でつなぐ「協働のまち」の「もやい宣言」がされました。

 その後、分科会ごとに分かれ、私は第7分科会である伊万里に参りました。伊万里は「食・農・環境を考える」をメインテーマとし、市長始め、自治体関係者・各種活動団体・市民の皆さん等、大変な歓迎を受け、特に宿泊先では「夜なべ談義」と銘打って文字通り夜中まで、それぞれの地域事情等について熱く語り合いました。

 伊万里市内の代表的な活動3団体について、現地視察を含め報告がありました。

  1. 地域を菜の花に!シニア菜の花プロジェクト
     菜の花を咲かせて道行く人に楽しんでもらおうと、堤防や道端に花を咲かせたのが始まりで、今では会員34人で10年がたち純度100%の食用菜種油を生産し販売、また、各家庭から出る廃油で燃料の生産まで行い、車に使用している。
  2. ムラつくりに終わりはない
     黒米を生産し集落の特産品として販売、更には都市と農村の交流事業であるグリーン・ツーリズムを、年間を通し推進している。
  3. 「ふるさと薬膳」について
     地元の旬の食材を使用し薬膳料理に取り組み、今では「黒澤明記念館」内で店舗を開店し、お客様に提供している。これを、昼食としていただいたが、非常に美味しく素晴しい食事でした。最後に、伊万里市の皆さん大変ありがとうございました。

NPO法人赤城地域活性化の会 狩野雅之

 「もやい」でつなぐ「協働のまち」<平成まちづくり維新は佐賀から>をテーマに、2月5・6の両日にわたり全国各地から、NPO法人・自治体などの200団体、280人が参加し佐賀市において全体会、その後、県内各地の13会場にて分科会が開催されました。

 「もやい」とは相互扶助の精神であり

 「も」もっとまちづくりを、もっと住民参加を

 「や」やがて芽を出す地域の力

 「い」いち番大切なことはみんなでつなぐ「もやいの心」

 この忘れ去られそうな大切な心を再興することが、平成まちづくり維新の重要なテーマになるとの想いから、もやい精神が採択され佐賀から「もやい宣言」が発信されました。

 私が参加した分科会では、「伊万里から食・農・環境を考える」をテーマに、各地から29名、市内から30名が加わり、「夜なべ談義」では、それぞれの地域事情等について熱く語られました。

 伊万里市は焼き物が有名で、市内の随所にオブジェが見られ、特に伊万里津大橋の欄干に飾られていた見事な大壺は、まさに伊万里を象徴していました。この大壺をはじめ多くのオブジェは、10年以上も設置されているのに、一度も壊されたことがないそうです。

 市長が網などの防備は不要とのことで、市長は市民を信頼し市民は見事にそれに答えている、真に「もやい」の精神がここに生かされていると感じました。我が地方では果たしてどうだろう、直ぐ割られてしまうのではと思いつつ佐賀を後にしました。

 佐賀市長・仲間の皆さん・市民の皆さん、心から歓迎していただき大変お世話になり、ありがとうございました。

第9分科会 武雄市

NPO法人赤城地域活性化の会 狩野孝久

 凍てつく寒さの中、佐賀に向かった。佐賀県は初めて訪れる土地である。焼き物の里として有田、伊万里、唐津は知っていた。嬉野、武雄温泉、歴史的文化財が多彩な地域であり、明治時代維新に尽力された多くの人材を搬出した土地である。

 全体会場では、佐賀地域づくりの関係者に迎えられ、身の締まる思いである。また平成22年11月には青森県での開催のため、青森からは総勢30名の参加で大会を盛り上げていた。

 来賓の挨拶に地域づくりは村、部落、集落、自治会から始まるとあった。福島県会津地方の金山町横田地域の地域おこしは、昔の歌舞伎を核として特産物(赤カボチャ)、豊かなブナ林で地域おこしを始めている。地域おこしの基礎は集落が起点である。

 佐賀県知事は、地域活動は消防団、婦人会、青年団、老人会と地域のえにし、土地のえにしの社会組織が必要であると語っていた。

 私は、武雄市で開催された第8分科会「樹齢3000年の大楠(きょぼく)に聴く」本当の豊かさを求めて~持続可能な地域づくり~自然から恵を生かすまちづくり(地産地食、地産地陶、地産地建)に参加した。武雄市は古くからの温泉地で栄え、近年は武雄焼きの陶器の里もある。また日本巨木100選に選ばれた3本の巨木が今も生き続けている。これらを生かした地域づくりが行われている。今回は巨木に聴くでは「武雄神社の大楠の樹」を見せていただいた。樹齢3000年生き続けて、この間、歴史の何を見、聴き、語って来ただろうと想うと、地域づくりに助言をいただき、何をしたらいいか聴いてみたいと思う。

 ワークショップでは、木曜会、武雄三樹物語、武雄温泉保養村の環境を考える会の3団体より報告があった。木曜会の活動目標は「自らを励まし自らが所属する組織を活性化しながら行動する」(1)互いの情報交換(2)地域課題の発見(3)課題解決への行動を掲げている。イベント型から自己活性化へ単発的イベントでなく、そこから組織の一人ひとりが活性化し、足元を見直しながらまわりを巻き込んでいくその意識の定着が最大の課題、と話していた。

 武雄市の第一印象は、何も知らなかった。佐賀と言えば焼き物は、有田、伊万里、様式は古伊万里、柿右衛門、などを知るのみだった。今回地域づくり佐賀大会に参加することにより、武雄市には90軒もの窯元があり、武雄温泉には著名人が訪れたことを知った。

 地産地陶コースは窯元を2軒見せていただいた。若い陶芸家が生き生きと制作活動をしているのには、敬服致した。

NPO法人赤城地域活性化の会 丸山正三

 暦の上では立春、しかし今年一番の冷え込みと天気情報は言う。上着の襟を立て電車に乗り込む。佐賀への出発である。一日早く入り佐賀県を見学しようと出かける。有明海の埋め立てで出来た佐賀空港である。佐賀空港から佐賀駅まで近年開かれた道路のようで広軌道路である。地元経済には大変貢献しているのではないかと感じる。しかし官庁街から商店街に入ると途端にシャッターが閉まり、衰退しているのがわかる。前橋と比較したくなる。

 私は、武雄市での第8分科会に参加した。

 武雄市は、肥前半島(長崎・佐賀)の中心部に位置し自然豊かな里山に囲まれた盆地。樹齢3000年と言われる大楠を3本も擁す自然溢れる5.2万人の市で、1300年前からの温泉と400年の伝統の焼き物と共に長崎街道の古い佇まいも残る町である。

 佐賀市から武雄市へ移動する途中に、武雄温泉の桜門、武雄神社の大楠の樹を見学する。大楠の樹には本当に圧倒される。よくぞここまで生き抜いたと思う。これからも朽ち果てることなく、末代まで生きることの希望を人類に与えて欲しいと言いたい。

 武雄温泉では、長崎街道に行き来した著名人(宮本武蔵、吉田松陰、伊達政宗、シーボルト)や多くの人々をいやしたのではないかと思いをはせてみた。

 ワークショップでは3団体からの報告があった。

  1. NPO法人環境型たてもの研究塾
    武雄市若木町を中心に、山や田畑のある環境を大切に次世代へ残していきたいと、昔ながらの大工や左官の建築技術を活用しながら、地域循環のしくみづくり、森林の保全・育成・活用、生物の多様性の保全、仲間と暮らすコミュニティづくりへ向けた取り組みを行っている。
  2. 武雄(たけお)三樹(さんじゅ)物語(ものがたり)
    佐賀県武雄市にある樹齢3000年とも言われる『武雄三樹まいり』をはじめ、大楠をシンボルとして、人生の長寿(健康で長寿)、人類の長寿(平和な世界へ)、地球の長寿(地球環境保全)という3つのメッセージを世界に向けて発信している。
  3. 木曜会(武雄市青年団体連絡協議会)

 以上3団体の発表があった。

 団体の報告を聞くと、活動している規模、範囲等が大きい。私どもの会は本当に小さいと感じずにはいられない。私達の会は、これからも背伸びせず身の丈に合った地域づくり活動をしていきたい。

 2日目は、焼き物の町武雄の陶芸家を尋ね、土作り、釉薬作り、のぼり窯の炊く様子等を見学した。若い陶芸家の仕事を見ていると、地域の高齢化など関係ないのではないかと表面上では感じた。

第10分科会 小城市

財団法人さかい人づくりまちづくり基金財団 菊池弘文

 今回は会場が九州と遠いこともあり、前夜祭から参加させていただきました。

 前夜祭では初対面の人達との交流もさることながら、佐賀県の古川知事があいさつがわりに読み上げられた「地域(ふるさと)への誓い」という題名のポエムが一番印象深かったです。どのフレーズも大変すばらしく、紹介しているとキリがありませんが、聞き逃した方にもぜひご覧いただきたいです。ウェブ検索なら、「地域(ふるさと)への誓い」と検索窓に打ち込めば、たいていの検索エンジンで最上位にヒットしますのでご一読ください。

 本番初日の2月5日は午後からの全体会を経て、楽しみにしていた分科会となり、我々は「小城市まちづくり連絡協議会」による、「あらためて気づく!地域資源を生かしたまちづくり」の分科会に参加しました。昼の分科会では、各地区から参加した方々とテーマに対して真摯に話し合い、夜の交流会では、地元女子高校生の「牛っ娘ジャンベ」の迫力に圧倒されました。夜なべ談義ではみなさんのお国自慢で和ませていただき、気持ちよく就寝出来ました。

 翌日の「小城市ウォッチング」で各所を見学させていただきましたが、その中で「牛津赤れんが館」は古い施設を活用し、上手にまちづくりをしているなと感じました。我々の地域にも類似の施設がありますが、あまり活用出来ていませんので、参考とさせていただき今後も地域づくりに励んでいこうと思います。

財団法人さかい人づくりまちづくり基金財団 新井幸司

 参加するにあたり素朴な課題をもって臨んだ。そして「なるほど」といった発見や「やっぱり」という認識を深めた。

 大会の大きなテーマは「もやい」でつなぐ「協働のまち」づくり。「もやい」とは結びの方の一種で相互扶助を意味し、「協働」とは地域で活動する団体同士が地域づくりに取り組むこと。

 13分科会の中で小城市会場の10分科会に出席した。テーマは「改めて気づく!地域資源(歴史・文化・景観等)を生かしたまちづくり」で、前述の課題解決に添うものであった。まさに地域づくりの動機は、今自分たちがいる場所を知ることに始まり、改めてより好きになるということである。

 現地では10団体、1協議会でこれに取組み、各々個性ある活動をしていた。ある団体は三百年前の「五百羅漢像」の盗難による減少を補うため、石斧をふるい、平成の「五百羅漢」づくりに取り組んでおり、地元の小学生の陶器の像も加えられ、地域づくりの継承、持続性が伺えた。

 団体の構成員も多様で、特に注視したのは市や農協の職員が積極的に団体の役割を担い、それぞれの構成員が複数の団体に入っていることであった。

 行政の対応は、「物」から「こと」(イベント等)への助成に重点を移しているようであった。

 なお、小城市は、平成の合併で四町を合わせ市となった経緯があり、その際、住民が改めて地域(ふるさと)への関心を高めたのでないかと思われる。

財団法人さかい人づくりまちづくり基金財団 石原國憲

 全体会で若く、活気ある知事に好感を持ち期待あふれる思いで第10分科会に参加しました。

 四町合併で人口47,000人、北に秀峰「天山」、南に宝の海有明海、山と海を持つ自然豊かな町です。肥前の国の中心地で古くからの遺跡、史跡が多く、七つの100選「名水」「生きもの里(祇園川のゲンジボタル)」「桜」「美しい日本のむら(江里山地区)」「棚田」「日本の歴史公園(鍋島家城下町遺産)」「美しい日本の歴史風土」があります。世界唯一のムツゴロウ、シオマネキ保護区とコンパクトな街に、歴史伝統文化が凝縮されており住民の誇りとプライドすら感じます。

 名水の地で、酒蔵が10軒もあり蔵を住民に開放して、コンサート、アート展、学びの館などを開催しているその意図と活力、人材に感銘しました。スローライフを柱に人生の先輩に教えてもらう、山を歩いてみる、食材活用による1品ブランド、歩行者や自転車にやさしい道を考え、景観を大切にし、小城市の歴史や文化財を知り、交流の輪を広げようとする行政と住民が4町合併のバランスをとり、肩を張らない田舎色(田舎の知恵)を生かした地域づくりに成功しているように感じました。

 各種団体、住民が急がない、できる人ができることを無理なく活動する、これはすばらしいと思いました。五百羅漢が盗難に合い、大人と子どもも参加して石像を造る。中にはアンパンマン、ドラえもんも出迎えてくれました。20~30センチメートルの小さいものですが、地域事業としては良いと思います。

 また30年のブランクを経た中国風精進料理「普茶料理」。魚肉を使わず豆腐や野菜によるもどき料理を女性団体が復活させた伝承事業等、小城市には7つの百選があるように、恵まれた地域が納得して地域づくりを進めていると感じました。

財団法人さかい人づくりまちづくり基金財団 堀込勝一

 最初の目的地、全国名水百選の一つの清水川上流の高さ75m幅13mの清流がさらさらと「たますだれ」のように流れ落ちる清水の滝を眺め、次の目的地、天山山系に源を発する祇園川の名水を利用して文久元年1861年頃より酒造を営んでいる小城市まちづくり団体連絡協議会の会長の酒蔵を見学。白壁漆喰の酒蔵群は瓦の枚数でもなんと2万枚以上とのこと。見る人を圧倒させる立派な建築物であった。なお、この酒蔵を利用して祇園川ホタル祭りやコンサート、イベント等も開催しているとのこと。

 分科会会場である開泉閣に到着してすぐ5グループに分かれ少人数でのグループディスカッション。始めに牛津高校の女子生徒による「牛っ娘ジャンベ」、西アフリカの伝統打楽器で、体全体を使った激しい演奏で参加者を歓迎していただき感服した。体の火照りが冷め止まぬまま分科会に移り、小城市の活動がグループごとに報告された。

 「小城町人づくり塾」の活動は、地元の酒蔵やお寺の本堂などの資源を地域の情報発信に活用し、身近な場所で楽しめる芸術文化事業を開催することで楽しいまちづくり、人づくりを進め、「天山ものづくり塾」は、書家・画家・陶芸家などのアーティストが集まり、独創性と手作業にこだわったものづくりを通して子どもから大人まで楽しくまちづくりに参加できるような場を企画・提供していく。

 また、「小城の自然を育てる会」は自然環境を整え、自然との共生、次世代を担う子どもたちとの植樹、花作り等の自然環境づくり作業も協働で進めている。以上の報告があり、ここには資源がたくさんあることに気付いた。夜なべ談義で一番の収穫は、明治12年創業の老舗の豆腐屋の若主人と意気投合し話に花が咲き本音で語り合えたこと。

 私が帰宅してすぐにたくさんのお豆腐類が送られて来たのには驚いた。これからも佐賀と群馬の楽しい交流が始まりそうである。このつながりを大切に していきたい。

2 日目は、土生遺跡を車窓から眺め、ムツゴロウで名の知れた有明海の干潟、海苔加工施設を見学し、牛津赤れんが館へ。明治時代後期に建てられた建物を利用してクリスマスコンサート、演劇など幅広く活用されているとのこと。次に小城の自然を育てる会会員でもある小柳酒造へ移動。1804年創業の江戸後期の良質な町屋建築で、れんが造りの煙突は造り酒屋を知らしめる立派なシンボルとなっている。ここでも酒蔵を利用して作品展等、催し物を開催している。

 最後の見学は小城鍋島二代藩主直能が建立した鍋島家の菩提寺、星巌寺。境内には五百羅漢像が安置されている。「自分に似た顔がきっとある」と言われるほど個性豊かな顔立ちで姿態もさまざま。今にも語りかけてきそうな羅漢もいれば、穏やかな顔や少々怖いお顔もある。じっと眺めてみると喜びや哀しみ、やさしさから厳しさまで人間の持つあらゆる感情をあらわしているかのように見えてくる。この羅漢が造られたのは江戸時代中期。町内の石工・平川徳兵衛一族によるものだと伝えられ藩主の墓所を守るかのように佇んでいる。

 バスに乗り昼食会場へ。普茶料理おぎ春香会のご婦人のみなさんの手料理でおもてなしいただいた。宗祖隠元禅師が中国から伝えた精進料理、豆腐を使ったうなぎもどきや大豆を使わずごまから作るごま豆腐など、京都でも知られ九州の小京都小城としてつながりある地元でも貴重な黄檗宗の伝統的な普茶料理だそうである。食事が済んだ後、分科会のまとめをグループごとに報告し終了となった。

 最後に、茨城大会に比べると参加者が少なく寂しかった。また、現場で地域づくりをがんばっている方々が少ないこと、人集めの苦労、困難さが見えないことが残念だった。

第12分科会 神埼市吉野ヶ里町

街づくり市民ゼミナール 杉原みち子

神埼・吉野ヶ里町の感動醒めやらず

 伊勢崎午前3時15分発、佐賀市文化会館午前11時00分着

 特別オプション「CSO、企業、行政の協働」のパネリスト(能登乃國ゆするぎ塾長・大湯章吉、火の国未来づくりネットワーク会長・本田節、鹿児島県鹿屋市柳谷自治公民館館長・豊重哲郎)のレベルに驚嘆する。理念、行動力、組織力、充実、継続する力、すべてにおいて、地方の人材はすごい。国にもこのような思想、哲学を持った人材が欲しいと切望した。

 昼食になり、昼食交流会のあまりにおいしそうなお弁当を見て、予約なしの交渉にてゲット。大々満足(地域の魅力はここが大切である)。

 多良副委員長の「熱きこころで歓迎。宝物を持って帰ってください」の案内に分科会選択の当たりを予感した。予感通り、地域資源(馬場ボディ九年庵、栄西茶、吉野ヶ里歴史公園、バンブーオーケストラなど)をたっぷり味合わせていただいた。

 特に「次郎物語」の作者、下村湖人生家でもらった湖人語録の中の一つ「悲運に処する最上の道は、悲運の中に天意を見出して謙虚に自己を確保する道である」の文章には愕然とし、言葉通り宝物をいただいてきた。精神文化は永遠である。

 歴史の古さ、重さ、深さからくる品格、風格が人、街並み、木々の佇まい、食事、おもてなしなどすべてから伝わってきて、心地よい時空に2日間を過ごした。必ずまた訪れるだろう。熱き歓迎に感謝、感謝。

 ※「CSO」とは、Civil Society Organizationの略。市民社会組織、NPO法人、市民活動、ボランティア団体に限らず、自治会、老人会、PTAといった組織・団体も含めて佐賀では「CSO」と呼称している。

NPO法人たかさき女性懇話会 関 良江

 地理的な自然条件と、その中の歴史を上手に引き継ぎ残しながら、ゆとりのある街の雰囲気が強く心に残る分科会であった。実際《宝探しのまちづくり》の現場訪問であった。15分科会のベースは神埼(かんざき)市と吉野ヶ里遺跡である。

神埼市・吉野ヶ里町

 神埼市は平成18年に神埼町と隣接する千代田町、背振村が合併し市となった人口約3万の新しい都市である。既存の市に隣接の町村が統合したのではない。地理的・歴史的条件を土台にそれぞれの町村の特殊性を生かしたエリアで役割を分担している。

 神埼市は佐賀県東部に位置し、東は20数年前大きな環濠集落として発見された弥生時代の『吉野ヶ里遺跡』、北に背振山地を挟んで福岡市、南は筑後川を隔てて久留米市・大川市、西は県都佐賀市に接する総面積125.01平方キロメートルである。

エリアの役割,背振は背振山地の豊かな自然を生かしたリクリエーション・憩いの場、千代田は佐賀空港着陸の際に眼下に広がる田んぼが有明海まで続く。平野が碁盤のように整備された田圃と水路であった。当然農業主体の地域となる。

 そして神埼地区は市の中心的機能を担い、教育・文化・商業・スポーツ等の施設が集積している。商店街は歴史を感じさせる同じ間口の店が並ぶ。その道を歩きながら由緒ある神社仏閣、小説『次郎物語』の作者、《下村湖人の生家》・佐賀市の大実業家伊丹弥太郎が明治25年巨額な経費と9年の歳月をかけて完成させた別荘、《九年庵》・シーボルトに学んだ幕末の医者であり蘭学者《伊藤玄朴》が建てた旧宅などが手入れをされてきちんと残されていた。テーマである地域の宝さがしに事欠かない。他に神社仏閣などたくさんある。

 この源は市民と行政のしっかりつながった協働の理念があるからだと思った。地域には歴史・文化・まちづくり等々の団体の数も多く、当分科会の協力団体は約40団体もある。

 強烈に心に残るものはまだ書きつくせないが、特に住民に共通する心は歴史的なもののほか・物・人を大事にすることが挙げられる。二件をあげてみる。

  1. バンブーオーケスラー(竹で作った楽器だけの楽団)
     地域に根を張り伸びる竹やぶの竹を切り、その竹で楽器が作られ、子供の楽団・大人の楽団があり、夕食交流会では子どもたちが楽しそうに演奏をしてくれた。(竹の楽器は数年で新たに作りかえるという)=私の周囲では竹林伐採の話がきている。
  2. 次世代の育成

 次世代を担う子供たちへの歴史・文化の継承の視点や期待が様々なところで大切にされ、子供だけではなく地域の住民として活動の中に加わっている。

NPO法人たかさき女性懇話会 山崎紫生

 本報告では、神埼宿のまちづくりの魅力を紹介する。

 まず、素材がいい。多くの歴史的建造物を見ながらの街道めぐりは、訪れるものをわくわくさせる。神埼宿は長崎街道の宿場のひとつで、坂本竜馬をはじめ多くの志士たちが通った。神埼宿は、5ヵ所の曲がり角を持つ長い町なのも面白い。街道には、脇本陣として利用された2つの寺をはじめ、多くの寺が残っている。休憩所と特産品販売を兼ねた神埼宿場茶屋で、380年の歴史を持つ神埼そうめんが入った新名物「そうめんコロッケ」の揚げたてを試食した。意外な組み合わせだが、外側がカリカリして美味しかった。

 次に、地域づくりの仕組みである。神埼のまちづくの拠点が街道筋に開設され、「CSOかんざき」という中間支援組織が、住民の自発的な活動や組織を支援している。役員は街道沿いの自治会のメンバーで構成されている。

 最後に、人である。CSOかんざきは今回の分科会のホスト役の一端を担った。宿泊地での交流会では、「1人の夢はメンバーの夢・1人の夢を全員で実現できるように協力しよう」という合言葉に共感した。

 地域づくりには、資源、仕組み、ひとの条件が揃ったところが有利である。しかし、条件が揃わなければ宝を発見し、それを活かす組織を創り出し、それを動かす人材を育成することが不可欠であることを改めて実感した。

平成21年度新規加入地域づくり団体の紹介

今年度、当協議会に加入した団体をご紹介します。
新たに8団体が加入しました!みなさんと素敵な時間を過ごすことができますように。

前橋地域づくり連絡会(前橋市)

 前橋市では、誰もが安全に安心して暮せる地域をつくるため、各地区地域づくり協議会の主体的な取り組みを通じて、地域力を発揮できる仕組みを段階的に整えています。前橋地域づくり連絡会は、地域づくりのより一層の発展のため、地域づくり協議会相互の情報交換や連携協力の場として発足しました。15地区の委員で組織され「まえばし地域づくり推進大会」の企画運営なども担当しています。

南橘地区地域づくり推進協議会(前橋市)

 前橋市地域づくり推進事業のモデル地区として、地域課題を住民の自主的、自発的な活動により解決するため「南橘地域づくり宣言」を採択し、安全安心な環境づくりをテーマに住民参画型の地域づくりを実践しています。これまでに、赤城白川まつり・橘山ヤマザクラ植樹・田口菜プロジェクト・有価物集団回収・廃食用油回収・衣料等無料配付会などを開催しました。

みやぎ地域づくり交流会(前橋市)

 前橋市地域づくり推進事業のモデル地区として、地域における支えあいの精神を養うためエコキャップ運動などを展開しています。プロジェクト「清流荒砥川に集う」では、荒砥川沿いの景観を取り戻そうと除草作業と桜の植樹を始め、春には自然満喫会などを計画。将来は下流の地区との交流も検討。誰もが楽しく、安全、安心に暮らせる地域をつくるため住民参画型の地域づくりを実践しています。

清里まちづくり協議会(前橋市)

 地域における支え合いや自主・自立性の強化を図りながら、「心豊かで活力のあるまちづくり」をテーマに誰もが安全に安心して暮らせる地域づくりを進めることを目的とし、花いっぱい運動部会、食育部会、社会福祉部会、そば打ち部会、まちづくりだんべえ部会、郷土の伝統行事の見直しと活性化部会、事務広報部会を設け活動しています。

NPO法人赤城地域活性化の会(渋川市)

 昨今、農業を取り巻く情勢は、農林業従事者の高齢化、後継者不足、農産物の長期低価格等の問題で農地、森林に手が届かず、今後、荒廃がますます心配されます。私達はこれらの土地を有効に活用して社会に貢献できる事業計画を立て、地域活性化、環境保全活動を目的として行っています。

NPO法人三波川ふるさと児童館「あそびの学校」

 木造校舎の廃校と江戸末期の古民家、この2つの施設を運営して、子どもから高齢者までを対象に、あそびを通した地域づくりをめざしています。

  • 木造校舎の廃校を拠点にした野外活動
  • 古民家を拠点にした居場所活動
  • 日本の伝統的なあそびの継承者育成

丹生のほたるを守る会(富岡市)

 丹生小学校の校歌に歌われている鳴沢は、富岡市の水道の水源になっています。この下流500m程度の場所に「ほたるの里」があり、ここが活動の拠点です。丹生川の河川整備・カワニナ養殖場の管理・「ほたるの里」の除草作業・「丹生のほたる祭り」の開催などを行っています。

北軽井沢ミュージックホールサポーターズ(長野原町)

 北軽井沢ミュージックホールを存続させるため、賛同してくれる音楽家、団体・個人の方にも参加していただき、北軽井沢の財産であるこのホールを見つめ直し、地域一丸となって“北軽井沢ミュージックホール”を発展させるとともに北軽井沢の発展にもつながればと考え「サポーターズ」を設立し、コンサートやセミナーなどを開催しています。

地域づくり人物リレー 第5回

きりゅう市民活動推進ネットワーク 角田亘さん

 地域づくり人物リレーは、県内で地域づくり活動をされている方を取材して、県内には多くの優れた人材がいることを知っていただこうと企画し掲載しております。毎回、次にバトンを渡す人を紹介していただいております。第5回目は、松本立家さんからバトンを渡された角田亘さんにお話を伺いました。

地域づくりのきっかけ

角田亘さん

 今、27歳になる息子が幼稚園に入った時、先輩からPTA活動をやらないかと誘われたのがきっかけ。その前から、自分の家の仕事の関係で織物協同組合の青年部に属していたが、仕事の世界と自分の家庭の世界しかないといっても過言ではないくらい世間が狭かった。興味はあったが、自分自身の中でPTA活動をやっていいという確信がなかった。とりあえず、「仕事やってます」というのが合い言葉だった。「仕事やってる?」「仕事やってます。PTA活動もやっています」という返事ができなかった。お前も暇人だなと思われると、商売に影響が出た。PTA活動をやっているやつのところに商売を出せないという向かい風がたくさんあったが、子どもが幼稚園に入ったことが一つのきっかけで仕事以外の活動に入れた。

 PTA活動を始めると仕事以外の世界だから結構おもしろい。私は、最初、体育部を担当し、バレーボールチームを全員参加で2チーム作ってしまった。今から考えると無謀だった。地域のママさんバレークラブに、幼稚園チームが2チーム出てくるとトーナメントが組めなくなるし、レベルも低いから混ぜないと言われた。その頃から反骨精神があって、何で?って。「弱いから」と言うなら「強い選手を1人連れてきてあなた方をけちょんけちょんにやっつけて、弱いから混ぜないと言われたらどうする?」と言ったら考え込んでしまった。「弱いからという理屈っておかしいでしょ?」「そうだよね」ってこともあった。

 PTA活動を5年くらいやって、活動の最後の年、平成2年に、社会教育をやっていた方に生涯学習をやらないかと誘われた。その頃、生涯学習が盛んな時代だった。

 家は機屋で、流通経路に同じ道しかないことに気になり始めていた。買い継ぎに出荷し、問屋に行って、デパートに行ってという道筋が一般的な動きだった。兼ねてから直接売れないのかなと思っていた。そんな折り、桐生の織物販売研究会という生涯学習のモデル事業があった。そこで、商社をやっている仲間の会社も引き込んで活動をはじめようとしたら織物協同組合の共販部が興味を示して入れてもらいたいというので、3~4人で「パワーオブきりゅう」という団体を作った。それからが地域づくりの始まり。最初は生涯学習のモデル事業だった。そこでいろいろなことを考えて、平成5年には出前市を企画して東京などにも行った。その頃に、安中の松本さんのところのフリーマーケットにメンバーが出たいということで交流もはじまった。

 出前市では、1円のバックマージンももらわなかった。その頃の生涯学習の講座で、最先端のボランティアは何かというテーマで講師を呼んで講座をやった。その時に、講師がアメリカのボランティア団体は収益事業では必要経費をもらっている。それができている団体は継続性があると話してくれた。それをやりたかったけど、ボランティアは収益を出してはいけないという壁があった。そこで税務署まで行き、ボランティアで収益が出た場合どうなるかと聞いたらその年に全部使い切ってください、3千万円以上の利益が出たらもう一度来てくださいと言われた。そんな壁を乗り越え、バックマージンの5%をいただきながら活動していくお墨付き、社会観念を何とか獲得した。

活動内容

 主に、ファッションタウン桐生推進協議会、ボーイスカウト活動を通しての青少年の健全育成で地域づくり、広い範囲でのまちづくりを支援する活動を行っている。

 ファッションタウン推進協議会は平成5年に設立。今では、企業でCSR(企業の社会的責任)というのは一般的になっているけど、企業がまちづくりで社会貢献する、まちをつくるということは自分の企業にフィードバックされるという考え方がこの頃から出始めた。単独で企業は成り立たない。日産のCEOのカルロスゴーンさんは、地域とともに生きている会社を大事にした。そんな考え方もあってファッションタウン推進協議会は商工会の中でまちづくりをやっていこうという団体。その中に4つの委員会があり、私はファッションタウンの情報発信や啓蒙活動などを行うFTネット委員会に携わっている。

 ボーイスカウト活動は、子どもたちの成長に合わせ実践できる活動を行っている。その中で地域とかかわっていくことについて子どもたちに感じてもらっている。私はたまたまスキーの先生だったので、スキーを教えてくれというので関わり始めた。

 桐生市では平成12年に市民活動を充実させるために諮問委員会を作った。私はまちづくりの担当で呼ばれた。2年間かけて検討して、市民活動推進ネットワークと市民活動推進センターをつくり、既存の公民館活動を連携したらどうかという答申を出した。それらは実現して、平成14年7月に市民活動推進センター“ゆい”がスタートした。今年で8年目になる“ゆい”は、さまざまな活動をしている方がいつでも訪れ、相談や情報交換する基地のような場所。“ゆい”の運営を市から委託された市民活動推進ネットワークでは、それぞれの個人・団体がより充実した活動を展開できるような土壌づくりを心掛けている。

地域づくりへの思い

 人の活動を応援すること。みんな自分の活動が最高だと思い、地域を良くしたいと思っている。だからそれを応援する人もいないとね。平成5年頃から応援する活動をモットーにしている。しかし、中間支援とは何をやるかちゃんと決まっていないからみんな理解に苦しむ。でも、そういうものも世の中には必要。染め物でいう媒染剤みたいなもの。そのもの自体は色を出さないけど、ほかの物と合わさることによって色が出るという役割のもの。

地域づくりをやってきて良かったこと

 平成9年、桐生ファッションウィーク・桐生紗綾市の立ち上げに関わってきたこと。日本ではバブルの崩壊で、今ほどではないけど経済危機が起こっていた。みんな肩を落として、今までの社会概念が覆ってくるような時代だった。だからこそ、桐生紗綾市(期間中、市内各所で各団体がイベントを開催)を通して元気になろうよというので企画して、最終的に桐生JCの40周年と連携して始まった。

 また、河原井源次さんという方がいたが、この方が唯一私を理解してくれた。たいがい私はコンサバティブ(保守的)な人たちには理解してもらえなかった。ところがこの方は自分で活動してきたので理解してくれた。もう一人はNHK特派員の岩崎さんという方が理解してくれた。この2人が味方をしてくれたことが、大きな支えとなった。

 ほかにも、きりゅう市民活動推進ネットワークは、会則をつくるときに市民活動をだれでもできるように個人も入れるようにした。一番の希望はそういう道筋をつくってきたことかな。良いと思うことはみんなに教えてあげたい。もともとボーイスカウトをやっていたから、先にやってみて、成功した例を人に教えてあげたい。何でそういう気持ちになるのか気になり生物学の本で調べてみた。それはDNAの働きによることがわかった。DNAは、常に突然変異の試行錯誤を繰り返し、良いことだけ残していく本能がある。何で地域づくりと生物学が重要かというと、所詮生物の世界、何を自己実現とするか究極のテーマがある。ここに多くのお客さんが来て欲しい人と、このままでいいという人がいる。両方自己実現の形が違う。これを両方の人に通じる目的意識を編み出すときには生物学的なことを引っ張り出すとみんなが納得する。生物学や歴史などは、地域づくりを通して疑問に思って調べた副産物かな。

これからの夢

 正義の味方になりたい。児戯であるが…。小学校へ行って話したら、今のお母さん方は子どもを正義の味方にしようとしている人が少ないことがわかった。勧善懲悪でなくても正義の味方になりたい子どもに育てて欲しい。

最後に一言

 明るく元気に自分らしく。命のある限り生きていきましょう。

 既成の考え方からだれでも地域づくりをしてもいいという概念に変わってくるまでに随分闘ってきた。何かをやって評価をするときには、必ず150%の評価をした。言い出しっぺがまあまあ良かった、こんなもんかといったら一緒にやった仲間が、がんばったから良かったんだと思わない。それは肝に銘じてやってきた。自分たちを自己評価する力、これで良かったんだという力、それを社会で認知させる力にしてきた。ただ外部評価になってくると厳しい。また、近くにいればいるほど100%の評価ができない。だからこそ女房には100%の評価をしている。そういう評価をもって新しい物はできてくる。使命感が強くあったので地域づくりをやってもいいんだということに最終的につながった。よそに行って、こういうことをやった方がいいのでは、と言うのだから、相当な信念と交渉力がなければできない。だから信念をもってやってきた。

好きな言葉

人間最後は死ぬ。

 どんな美人も金持ちも100%死ぬ。人間の本来の寿命は350歳。ストレスで100歳、悪い物を食べて100歳なくなり、残りの150歳くらい生きられるという。だから、大変なことが起こったあと、「ま、いっか」と息を抜くことも必要。

感銘を受けた本・詩集

『世界の年表』アイザック・アシモフ 著(丸善)

『共生と循環の哲学』梅原猛 著(小学館)

印象に残る人物

今まで刺激を与えてくれた人すべて。

自分をものに例えると?その理由

水・・・どこでもしみこむ、と言われた。

群馬DC情報(その2)

 群馬デスティネーションキャンペーン(群馬DC)に向けて、今年は全国の旅行エージェントや観光マスコミ等に対し、群馬の様々な魅力を発信・アピールします。

 また、本番一年前となる今年7月から9月には、プレキャンペーンが開催されます。

 プレキャンペーンでお客様をお迎えするためには、地域の取組が大切であり、群馬DCに向けた受入企画やイベントとともに、高いレベルのおもてなし意識が求められます。そこで協議会では、おもてなしのポイントや観光データをまとめた「おもてなしガイドブック」を作成しました。より良いおもてなしのために、ぜひ活用してください。

【連絡先:ググっとぐんま観光宣伝推進協議会事務局(群馬県観光物産課内)電話027-226-3373(直通)】