本文へ
表示モードの切替
印刷

14 岩櫃山

【ぐんま百名山 No.14】

岩櫃山(いわびつやま)

岩櫃山(いわびつやま)写真

 南面に約200メートルにわたる岩山の絶壁があり、吾妻八景を代表する景勝地として知られる。東側中腹には、後に武田の「三堅城」と称された岩櫃城本丸跡が残されている。

標高

803m

関係市町村

東吾妻町

登山口

原町駅より平沢口・沢通り・尾根通り

郷原駅より密岩通り・赤岩通り(新赤岩通りは平成23年2月現在通行止め)

問い合わせ

東吾妻町産業課 電話: 0279-68-2111

『わたしの百名山物語』(平成18年3月 群馬県発行)から

「青い山脈」と岩櫃山 (東吾妻町・加藤大助)

 JR郷原駅は岩櫃山の登山口といえるだろう。駅近くで発掘されたハート型土偶は郵便切手になった国の重要文化財。これを模したモニュメントは、三叉路で「交通安全に」と建てられ、親しまれている。

 岩櫃城は吾妻の中央で、険阻(けんそ)な岩山に守られた名城だが、弱肉強食の戦乱に、武運つたなき武将たちの哀史が彩る。この城が世の脚光を浴びる機会があるも、立て役者の武田勝頼が、甲斐の天目山で謀反により憤死。勝頼の館跡を訪ねたが、石垣は荒草に埋もれ、まさしく「夏草やつわものどもが夢の跡」。池波氏の「真田太平記」に戦闘の場面が活写され、また吉川英治氏は「石を耕す男」の短編を書いた。中腹からは弥生式土器が発見されている。城主の守護神、鳥頭神社では、巨大な神杉の空洞の中に、杉の大木がある「親子杉」が有名。近くに吾妻渓谷の難所を改削した傑僧の円心坊の墓がある。

 頂上より展望すれば、妙義の向こうに秩父連山も見える。眼下に玩具となって電車が通るあたりは日本一の良質の麻の産地。県の援助で栽培が伝承される。

 厳しき軍隊の生活の背景に、いつも岩櫃山がそびえていた。「国破れて山河あり」。

 登山すれば、師事した作家の石坂洋二郎先生の「青い山脈」がオーバーラップしてくる。

 

※登山や観光についてのお問い合わせは、上記問い合わせ先町役場へお願いいたします。


このページについてのお問い合わせ

環境森林部自然環境課
〒371-8570 前橋市大手町1-1-1
電話 027-226-2872
FAX 027-243-7702
E-mail kanshizen@pref.gunma.lg.jp
迷惑メール対策のため、メールアドレスの一部(@pref.gunma.lg.jp)を画像化しております。