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国指定重要文化財 富沢家住宅(2020年8月1日 中之条町)

看板の写真
富沢家住宅の写真1
富沢家住宅の写真2
富沢家住宅の写真3
富沢家住宅の写真4

 江戸時代後期のかやぶきかぶと造り「大型養蚕農家 富沢家」へ見学に行ってきました。
 行き先を沼田市の南郷の曲屋にするか、中之条町の富沢家にするかで悩みましたが温泉が近いことで観光客の多いと思われる南部曲がり屋は、新型コロナウイルスの終息を待ってから行くこととし、今回は富沢家を選びました。

 以下、富沢家住宅で配布されている資料(中之条町教育委員会生涯学習課作成)の引用です。

 【富沢家の歴史】
 富沢家は(旧)利根郡新治村須川の出身で、天正の頃に大道に新田を拓いた小池三郎右衛門を祖とする。寛文12年(1672)の検地書では、一寒村にすぎなかったが、十数年後の貞享検地の時は、高冷地で耕作面積が少ないにもかかわらず、水田1町4反の3分の2を富沢家が所有していた。また、米作や養蚕をはじめ、麦雑穀・繭等の取引、駄馬による運送業、金貸しまで行って財をなし、享保から宝暦頃にかけてその地位を不動なものとした。

 【家屋の構造】
 構造は上屋、下屋からなるが、正面は下屋を付けず上屋梁をはねだし、二階にも縁を設ける。差物を入れて柱をかなり省略するが、土間はかなり広いため、独立柱を4本立てる。上屋梁の上は、束をたてて梁間3間の小屋梁を組み又首を上げる。柱は、上手座敷部は二階までの通し柱であるが、他は二階梁上または一階鴨居上から管柱を立てる。梁間寸法は、床上部分は1間6尺強で統一されているが、土間部分の柱間寸法は1間7尺7寸でバラツキが多い。全体的に差鴨居を使い柱を省略しており、間取りは古風であるが、進んだ手法が採られている。軸部は普通の民家に比べて太い部材を使っているが、広い間隔のところはタワミが一部見受けられる。

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