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渋川市

吉田芝渓(よしだしけい)の墓

吉田芝渓の墓1写真
■吉田芝渓の墓は3つあるといわれている。写真左の墓は、門弟の木暮足翁がたてたものである。
吉田芝渓の墓2写真
■上の墓の東150メートルにも墓があり、こちらは吉田芝渓の遺族によって建てられたものと伝えられている。3つ目の墓は渋川市元町の墓地に子孫によって建てられたものがあるといわれている。

 吉田芝渓は1752年(宝暦2年)~1811年(文化8年)の農学者、教育者である。群馬郡渋川町に生まれ、半商であったが、後に芝中の地を開墾、近村の子弟を教え、「芝中の先生」「新田の先生」と呼ばれた。寛政6年(1794年)に刊行された著書「養蚕須知」、寛政7年(1795年)に刊行された「開荒須知」は、学問と体験に基づいて書かれた農学書で「救荒須知」を加えて芝渓の三部作といわれる。吉田芝渓の墓は昭和26年県指定史跡となった。

所在地 渋川市御蔭

旧赤城村

赤城歴史資料館

赤城歴史資料館の写真

 この歴史資料館では、周辺で出土した石器、土器類をはじめ、近世、近代にいたるまでの民俗資料や貴重な文化財を展示している。特に、蚕種催青器(蚕種を保温する道具)など養蚕に関する貴重な多くの道具類や手織機などが展示してあり、養蚕が盛んであった村の歴史を知る上で貴重な資料である。入館料 大人200円(団体160円)、高校・大学生100円(団体80円)、中学生以下無料。休館日 月曜日・火曜日(祝日、祭日を除く)、祝日、祭日の翌日(土日を除く)、年末年始(12月28日から1月4日)。

所在地 渋川市赤城町勝保沢110

旧子持村

永井紺周郎(ながいこんしゅうろう)謝恩碑

永井紺周郎謝恩碑写真

 永井紺周郎は1836年(天保7年)~1887年(明治20年)の養蚕家である。利根郡片品村針山に生まれた。年少の頃より研究熱心で、特に養蚕に力を入れた。蚕病であるコシャリ退治に意欲を燃やし、焚火による飼育法にヒントを得て、「いぶし飼い」という飼育法を考案し、紺周郎流と命名した。給桑の方法をはじめ、室温のはかり方、桑の品種改良、養蚕技術を研究し、県内各地にその技術を広めた。また、妻いと(天保2年~明治37年)も優れた養蚕指導家であり、紺周郎亡き後、紺周郎流養蚕伝習所において、各地の生徒を巡回しながら指導を続けた。いとに指導を受けた人は数千人に達するといわれている。県内には夫妻を記念して建てられた謝恩碑が今なお残されており、当時の夫妻の果たした役割の大きさを物語っている。写真の渋川市横堀(旧子持村横掘)にある謝恩碑は、明治44年に建てられたものである。謝恩碑は、この他にも渋川市赤城町勝保沢(旧赤城村勝保沢)、前橋市上大屋町(旧大胡町上大屋)にある。

所在地 渋川市横堀(旧子持村横堀)

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