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松本 重春さん
所在地 藤岡市
受賞年度 平成21年
日本料理一筋に長年従事し、包丁芸術とも言われる剥き物技術に卓越し、野菜を使った花や鳥など、技術を凝縮した素晴らしい作品を生み出し、高い評価を受けている。
日本料理調理人 松本 重春 さん
技と心で作り上げる
「もてなしの心があって初めて技が生きる」
「どんなに技があっても心がなくては料理は死んでしまう。もてなしの心があって初めて技が生きる」。卓越した技ともてなしの心で、県内各地の料亭やホテルで腕を振るってきた日本料理調理人・松本重春さん。伝統的な日本料理だけでなく特色ある郷土料理の探求にも力を注ぎ、県産食材の素材の味を最大限に生かす技能は県内外を問わず高い評価を得てきた。
そんな松本さんが大切にしているのが“親子の絆”だ。「厨房は家族、弟子は息子」と、弟子をとるときには必ず家庭訪問をするという。「昔は親方や先輩の言うことが絶対だったが、それでは自分がなくなってしまうと思う。今はチャンス。自分の意見が言えるようになってほしい」。松本さんに育てられた“息子”たちは各地で腕を振るい、技能五輪全国大会でも上位成績を収めている。
親子の絆で腕を磨く
「切り方一つで美味しくなる」
松本さんがこの世界に入ったのは半世紀以上前のこと。母子家庭に育った松本さんは幼い頃からおじが営む旅館の厨房をよく覗き、料理に関心を抱くようになったという。「母は高校くらい出た方がよいと言ってくれたが、昔は母子家庭というとあまり良い目で見られなかった。自分の腕で勝負できる世界に入ろうと思った」。
中学校を卒業した松本さんは、昼は前橋市にある調理学校に通い、朝と夜は料亭で修業する日々を送った。「当時は言葉遣いや歩き方一つから指導された時代。家に帰りたくて仕方なくて、汽車の音が聞こえる度にあれに乗れば家へ帰れると思っていた」と振り返る。
そんな松本さんが転機を迎えたのは17歳の時のこと。「一度だけ逃げ出したことがある。その時師匠が夜中に自宅まで迎えに来てくれた。もう嬉しくって。それまでの苦しみはなくなってしまい、そのままついて行ってしまった。それがなかったら今の私はない」。その師匠とは、現在も“親父”と慕う第12代群馬県日本調理技能士会会長・長谷川實さんだ。
自分を表現できる料理人に
雑誌に掲載された献立
修業に戻った松本さんは、徐々に厳しい修業の中にも楽しみを見出せるようになっていった。20歳頃には、現在国内有数の技術を持つ掻敷剥物(かいしきむきもの)にも取り組み始めた。「仕事が終わるとみんなで親方に内緒で材料を盗み出して技術をみがいた。出来や速さで競争して楽しかった」と当時を振り返る。表現を広げるため、仕事の合間をぬって動植物を見たり神社仏閣へ行ったりして学んだという。
その後、24歳の若さで料理長に抜擢された松本さん。期待に応えようと次々と新しい料理や珍しい料理を作り続けたが、半年もしないうちにお客さんに受けていないことに気付いた。長谷川師匠に相談し、返ってきた言葉に目を開かされた。「当たり前だ。お前のはただのコピーでしかない」。それ以後あちこちのお店を食べ歩き、失敗や苦い思いを繰り返した。「自分の味が出せるようになったのは40代になってから。今でも自分との闘い。完成というのはない」。
安心の味を求め続けて
郷土料理の試食会の様子
その後も料理長として、数々の料亭やホテルを渡り歩いた松本さん。近年は居酒屋や料理店のメニュー開発にも携わるようになり、スープカレーの専門店や群馬の豚を前面に押し出した店をオープンさせるなど業界内外を問わず話題を呼んでいる。「お客さんが直接『美味しいよ』と言ってくれるのが本当にうれしい」。
現在、松本さんは長野県にある割烹料亭で料理長を務め、日々新しい料理作りと後進の育成に取り組んでいる。後進の育成にあたり必ず話すことは「一般の家庭の主婦が一番すごい」ということだという。「我々が365日同じお客さんに料理を作ったら勘弁してくださいと言われてしまう。しかしお母さんは飽きさせない。それが『安心』なんです。我々も、あそこへ行ったら安心して食べられると言ってもらえるようにすることが大切」。
これまで仕事一筋に生きてきた松本さんだが、先日息子さんが住む東京へ奥さんと旅行した。「こういうのもいいなと思った」と思わず顔がほころぶ。「私一人じゃ何もできない。周りの人たちが私を仕上げてくれていると思っている。それにどう応えていくか、努力を続けていきたい」。
若手技能者に向けてのメッセージ
「まずは自分で勉強することが一番大切」
「技術をのばすには、誰につくかがとても大事。自分がいくら頑張っても、ついた親方によって伸びが違ってくる」
「親方の下へ行くときには必ず一歩手前で持って行かなければならない。本物の味を作ってしまうと直すことができない」
「技能大会に出ることは大切。自分の位置づけが分かる」
「誰でも必ず壁に突き当たるときがくる。そこを突き破るには経験しかない」