本文
令和2年度答申第2号
件名
保護申請却下処分についての審査請求
第1 審査会の結論
本件審査請求には、理由があるので、行政不服審査法(平成26年法律第68号)第46条第1項の規定により処分を取り消すべきである。
第2 審査関係人の主張の要旨
1 審査請求人
- 処分庁が行った審査請求人に対する令和2年2月3日付け保護申請却下処分(以下「本件処分」という。)は、憲法第25条第1項及び生活保護法(昭和25年法律第144号。以下「法」という。)第25条第1項に反し違法である。
- 処分庁が令和2年1月27日付けで行った指導指示は、保護開始前の違法な指導指示であり、違法な指導指示違反を理由に行った本件処分は違法である。
- 処分庁は法律上の保護開始の要件とは無関係の内容の助言指導を行っており不適切である。不適切な指導違反を理由に審査請求人が処分庁に対して行った令和2年1月17日付け生活保護申請(以下「本件申請」という。)を却下したことは、審査請求人に法に規定されていない保護開始の要件を求めるもので、違法であることは明らかである。
- 審査請求人が本件指導に従わなかったことには「正当な理由があった」にもかかわらず、指導指示違反を理由に本件申請を却下した本件処分は違法である。
2 審査庁
本件処分を取り消すべきである。
第3 審理員意見書の要旨
次のとおり、本件審査請求には理由があるから、本件処分は取り消されるべきである。
- 「生活保護法による保護の実施要領について」(昭和38年4月1日社発第246号。以下「局長通知」という。)第11-1-(2)により「保護の要件を欠くものとして、申請を却下すること。」ができるのは、あくまで法第28条第1項及び第5項に該当する場合に限られると考えられる。
- これを本件にあてはめると、保護申請に対する生活保護開始決定をするに当たり、必要な事項を調査するために、要保護者に対して、報告を求め、立入調査を行い、保護決定に必要な事項を調査した際に、要保護者が報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、若しくは立入調査を拒み、妨げ、若しくは忌避した場合に、保護の開始の申請を却下することができるのであり、保護の開始決定に際し必要な事項の調査を妨げる行為があった場合以外に、保護の開始申請を却下することはできない。
- 処分庁は、令和2年1月17日に、保護申請書を受理するとともに、「預貯金○○円、手持ち金○○円であること」、「令和元年○○月○○日付けの医療機関の診断書により一般就労が困難であること」を確認して以降は、福祉サービスの利用の指導に終始しており、この指導に従わないことから、本件申請を却下しているが、福祉サービスの利用の指導は保護開始決定後においてもできることであり、要保護者が、保護の開始決定に際し必要な事項の調査を妨げたとはいえず、保護申請却下の要件を欠いた違法な処分である。
- 保護申請時、審査請求人は手持ち金も僅かで、傷病のため就労による収入を得ることもできず、保護の要件に該当する可能性が高い状態であった。本来であれば、速やかに保護の決定にかかる資産調査等を行い、保護の決定にかかる組織的な検討を行うべきであり、処分庁の申請後の対応は、不適切なものであったことを申し添える。
第4 調査審議の経過
当審査会は、本件諮問事件について、次のとおり、調査審議を行った。
令和2年4月24日 審査庁から諮問書及び諮問説明書を収受
令和2年6月5日 調査・審議
令和2年7月3日 調査・審議
第5 審査会の判断の理由
1 審理手続の適正について
本件審査請求について、審理員による適正な審理手続が行われたものと認められる。
2 審査会の判断について
(1)本件に係る法令等の規定について
ア 保護の基準及び程度等
法第8条第1項は、「保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うもの」とし、その厚生労働大臣の定める基準として「生活保護法による保護の基準」(昭和38年4月1日厚生省告示第158号)が定められるとともに、法定受託事務である保護実施の処理基準(地方自治法(昭和22年法律第67号)第245条の9第1項及び第3項)として「生活保護法による保護の実施要領について」(昭和36年4月1日厚生省発社第123号。以下「次官通知」という。)、局長通知、「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」(昭和38年4月1日社保第34号。以下「課長通知」という。)その他の通知が厚生労働省から発出されている。
イ 生活保護の補足性
法第4条第1項は、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。」と、同条第2項は、「民法(昭和29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。」と規定している。
ウ 生活保護の決定のための報告、調査
法第28条第1項は、「保護の実施機関は、保護の決定若しくは実施又は第77条若しくは第78条(第三項を除く。次項及び次条第一項において同じ。)の規定の施行のため必要があると認めるときは、要保護者の資産及び収入の状況、健康状態その他の事項を調査するために、厚生労働省令で定めるところにより、当該要保護者に対して、報告を求め、若しくは当該職員に、当該要保護者の居住の場所に立ち入り、これらの事項を調査させ、又は当該要保護者に対して、保護の実施機関の指定する医師若しくは歯科医師の検診を受けるべき旨を命ずることができる。」と、同条第5項は、「保護の実施機関は、要保護者が第一項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、若しくは立入調査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又は医師若しくは歯科医師の検診を受けるべき旨の命令に従わないときは、保護の開始若しくは変更の申請を却下し、又は保護の変更、停止若しくは廃止をすることができる。」と規定している。
エ 保護申請時における助言指導
局長通知第11-1-(2)において、「要保護者が、自らの資産能力その他扶養、他法等利用しうる資源の活用を怠り又は忌避していると認められる場合は、適切な助言指導を行うものとし、要保護者がこれに従わないときは、保護の要件を欠くものとして、申請を却下すること。なお、要保護者が自らの資産、能力等の活用により最低生活の需要を満たすことができると認められる場合には、保護を要しないものとして申請を却下すること。」としている。
また、「生活保護行政を適正に運営するための手引について」(平成18年3月30日社援保発第0330001号。以下「手引き」という。)1-1(4)において、「保護の要否判定、保護の決定にあたっては、各種調査に速やかに着手し、必要な調査は全て実施する。(中略)資産、能力及び他法他施策の活用や、扶養義務者の扶養が十分でないケースに対しては、適切な助言指導を行う。資産、能力等の活用に関する助言指導に従わないときは、急迫状況にある場合を除き、保護の要件を欠くものとして申請を却下することも検討する。保護の要否判定の結果、資産、能力等を活用してもなお、最低生活費の需要が充たされない場合は、保護を開始することとなる。」としている。
(2) 本件処分の違法性について
ア 保護申請を却下することができるのは、生活保護法に規定する保護の要件を欠く場合及び法第28条第5項に該当する場合が考えられる。
また、局長通知第11-1-(2)及び手引き1-1(4)を併せ考えると、法第4条に規定する保護の補足性の要件を欠くと認められる場合に、適切な助言指導を行い、要保護者がこれに従わないときに、急迫状況にある場合を除き、保護申請を却下することとされており、保護の要否判定の結果、要保護者が自らの資産能力その他扶養、他法等利用しうる資源の活用により最低生活費の需要が満たすことができる場合は、急迫状況にある場合を除き却下することとなり、最低生活費の需要が満たされない場合は、保護を開始することとなるものと解するのが相当である。
イ これを本件についてみると、処分庁は、令和2年1月17日に、保護申請書を受理するとともに、本件申請に係る関係書類により、預貯金が○○円であること、手持ち金が○○円であること、令和元年○○月○○日付けの医療機関の診断書により一般就労が困難であること等を確認していることが認められる。
また、令和2年1月22日、24日及び28日に「本日より、速やかに当福祉事務所や関係機関からの助言・指導に従い、福祉サービスの利用により生活改善を行い、病気の治癒に努めること」及び「虚偽報告及び遅延行為を行わないこと」を内容とする指導を行い、この指導に従わないことから、本件申請を却下していることが認められる。
処分庁は、福祉サービスの利用により生活改善を行い、病気の治癒に努めることを指導しているが、処分庁の主張によれば、処分庁が指導したのは、障害福祉サービス事業所の利用であり、当該福祉サービスは金銭を得ることもあるが就労収入を得ることを目的としていないものであり、このことによって最低生活費の需要が満たされるものではなく、当該福祉サービスの利用の指導は保護開始決定後においてもできることであり、当該福祉サービスを利用しないことが法第4条に規定する保護の補足性の要件を欠くとまではいえない。
また、法第28条第5項に該当するかについてみると、処分庁は、虚偽報告及び遅延行為を行わないことを指導しているが、このことが法第28条第1項に規定する保護の決定のために必要な事項と認められる事情は見受けられず、その他、審査請求人が、同条第5項に規定する保護の決定のために必要な事項の調査を妨げた事実は認められない。
よって、本件処分は、保護申請却下の要件を欠いた違法な処分である。
また、本件申請時、審査請求人は預貯金及び手持ち金が僅かで、傷病のため就労による収入を得ることもできず、保護の要件に該当する可能性が高い状態であったと思料され、本来であれば、速やかに保護の決定にかかる資産調査等を行い、保護の決定にかかる組織的な検討を行うべきであり、処分庁の本件申請後の対応は、不適切なものであったといわざるを得ない。
以上のとおり、本件審査請求には理由があるから、行政不服審査法第46条第1項の規定により、本件処分は取り消されるべきである。