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WHO本部及びロンドン大学保健医療事情調査報告(1)

更新日:2014年8月19日 印刷ページ表示

特別レポート 平成25年度地域保健総合推進事業(国際協力事業)

第1回 ロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院(LSHTM)講義

調査団

誌面監修:西垣 明子(長野県木曽保健所)

筑島 恵理(札幌市保健所) 渡邉 美恵(徳島県徳島保健所)

照井 有紀(宮城県塩釜保健所)酒井 由美子(福岡市城南保健所)

武智 浩之(群馬県伊勢崎保健所)

はじめに

 このたび、全国各地の保健所に勤務する私たち調査団6名は、平成26年1月16日から1月23日の日程(次頁・表1)で、平成25年度地域保健総合推進事業(国際協力事業)において、WHO本部およびロンドン大学保健医療事情調査として、英国のロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院(LSHTM)および、スイス ジュネーブの世界保健機関(WHO)本部等を視察・調査する機会をいただきました。

 LSHTMでは、英国の施策に今後反映されるであろう、ワクチンや結核対策に関する先進的な研究の展開について、研究者自身からお話を伺い、また、WHOでは国際機関の役割と各分野の取り組みについて、グローバルな視野で活躍されている方々と意見交換を行うとともに、同時期に開催されていた執行委員会を傍聴することで、国際保健の潮流に触れ、世界の公衆衛生の動きを肌で感じる貴重な機会を得ることができました。

 そこで今回、報告書にまとめた内容を抜粋し、全3回にわたり誌面にてご紹介することとなりました。第1回はロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院(LSHTM)での講義レポート「ワクチン・コンフィデンス・プロジェクト」「英国の移民に対する結核対策プログラム」を、第2・第3回はWHO本部の視察報告の内容をご紹介します。

 また、この報告は私たち調査団の個人的見解であり、講師の先生方や各所属組織の公式見解ではないことを初めにお断りいたします。

表1 調査日程

日程

場所

プログラム

講師(敬称略)

1月16日(木曜日)

成田空港発~ロンドン ヒースロー空港着

1月17日(金曜日)

ロンドン大学
公衆衛生学・熱帯医学大学院(LSHTM)

  • The Vaccine Confidence Project
  • The tuberculosis control program for the immigrants to UK

Heidi J.Larson(LSHTM)
Ibrahim Abubakar(UCL)

1月18日(土曜日)

ロンドン ガトウイック空港発~スイス ジュネーブ空港着

1月19日(日曜日)

資料整理

1月20日(月曜日)

WHO本部

  • オリエンテーション/WHO概要
  • HIV/AIDS
  • 結核対策
  • ポリオ対策

谷村忠幸(WHO)
木庭 愛(WHO)
橘 薫子(UNAIDS)
小野崎郁史(WHO)
岡安裕正(WHO)

1月21日(火曜日)

WHO本部
国際赤十字赤新月社

  • 食品安全
  • UHC/保健人材
  • 国際赤十字運動概要

小島三奈(WHO)
野崎慎仁郎(WHO)
Stefan Seebacher(IFRC)

1月22日(水曜日)

WHO本部
スイス ジュネーブ空港発

  • 執行理事会傍聴

1月23日(木曜日)

成田空港着

LSHTMについて

 1899年に創立され、ロンドンの中心部に位置するLSHTMは、国際保健と熱帯医学の分野で世界をリードする研究主体の大学院です。ロンドン大学を構成する学校の1つであり、国際保健と公衆衛生に関する一流の世界規模の研究・教育機関として広く知られた存在です。その歴史、研究実績、優れた指導者の多さから、国際保健や熱帯医学分野の最前線を身近に感じられる場所とのことで、世界各国より毎年多くの学生が研究・学位取得のため、ここLSHTMに留学します。また、私たちの宿泊したホテル、Holiday Inn Bloomsburyからも徒歩10分以内、また、かの大英博物館にも徒歩10分以内のロケーションです。

ロンドンの(公衆衛生上)歴史的場所

 ロンドンといえば、私たち公衆衛生医師が忘れてはならないのが「ジョン・スノウのポンプ」です。LSHTMでの聴講を終え、私たちは、その歴史的場所を訪れました。
 「ここ有名な場所なの?」という通りすがりの観光客とおぼしき日本人のささやき声にもかまわず、それぞれが思うとおりの記念写真を撮りました。

ワクチン・コンフィデンス・プロジェクト(The Vaccine Confidence Project)

なぜ私たちはワクチンへの信頼に注目すべきなのか?

講師:Dr. Heidi J. Larson, MA PhD/Faculty of Epidemiology and Population Health, LSHTM

ワクチンへの信頼崩壊の深刻な影響

 「かつてWHOや科学者たちは、人々の抱く非科学的な不信感を重要視してこなかった」という指摘で講義が始まりました。ワクチンへの信頼(Vaccine Confidence)は、疾病予防効果に大きな影響を与えます。Dr. Larsonは、WHOやUNICEFで人類学者としてワクチン接種推進の仕事に携わってきて、ワクチンへの信頼崩壊は深刻な問題であると感じ、一地域にとどまらない世界的な課題として取り組むようになったということでした。

 過去の事例のうち、1998年の論文がきっかけとなり、MMRが自閉症の要因との誤解で接種率が急激に低下し、数年後に著者によって論文が撤回されたにもかかわらず、現在でも米国、英国等、世界各国で接種率が論文発表前の水準に回復していないといった例が紹介されました。

 「リスクに対して不安を感じる人々に、(コミュニケーションの)ドアを閉めるとむしろ疑念が増してしまう。『最も重要なことは、傾聴すること』」というメッセージが強調されていました。また、リスク説明の際には、リスク対ベネフィットよりも、「接種のリスク」と「非接種のリスク」の比較のほうがわかりやすいという指摘は、日々の相談業務でただちに活用したいと思いました。

ワクチンに対する信頼と躊躇(Vaccine Hesitancy)

 WHOでは、2012年から専門家の戦略的諮問グループ(Strategic Advisory Group of Experts;SAGE)がワクチンへの躊躇の問題に取り組んでいます。数年来、ワクチンへの信頼に関する研究報告が急激に増加する中で、その定義も多様で定まっていませんが、SAGEでは、ワクチンへの躊躇(者)を「5%の完全受容と5%の完全拒否の間の90%の人々」と位置づけており、科学的なリスクだけではなく、健康に対する個人の考え方、政治、文化、メディアなど多様な要因が、その人々の接種行動を容易に左右すると考えています。

ワクチンへの信頼をモニターする

 ワクチンへの信頼崩壊を誘発する要因は複雑に関係しています。(次頁・表2)。きっかけとなる情報(噂プロンプタ)が発生して、報道や社会経済情勢などの持続・増幅要因の影響を受け、ワクチン拒否・中断などのインパクトに至る長い過程があり、これらの情報を分析するためにタイムラインの把握が必要です。インパクトを与える可能性のある重要な変化を早期に把握し、かつタイムリーに対応することができれば、ワクチンへの信頼の喪失、プログラムの崩壊、疾病流行などを予防できると考えられます。

 ワクチン・コンフィデンス・プロジェクトでは、毎日インターネットからワクチンに関する世界中の情報を、自動翻訳機能を使って収集・分析しています。すでに国・地域、ワクチン種別などによって、肯定的情報と否定的情報のバランスやその影響因子が大きく異なることが明らかになっています。同プロジェクトでは、危機の早期の徴候、中期的な影響のそれぞれを鋭敏に把握する指標を数学的な手法を使って開発中だそうです。

表2 ワクチン・コンフィデンス・プロジェクトの枠組み(仮訳)

1.噂プロンプタ

2.持続・増幅要因

3.アウトカム/インパクト

予防接種後の有害事象(AEFI)
新しい研究内容の報告
新しい勧告やポリシー変更
新製品(または供給源またはパッケージの変更)
政治的動機

噂の地理的な広がり
報告された噂の頻度
マスコミの報道
国民の信頼を低下させる歴史的な悪い経験
社会経済疎外(システムの一般的な不信感)

ワクチン拒否
ワクチン中断
ワクチンで予防可能な疾病の流行

子宮頸がん予防ワクチンについて

 ちょうど、今回の派遣調査の前年2013年6月から、日本で子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)接種の積極的勧奨が中止されています。HPVワクチン接種後に症状を呈した少女の映像が、日本テレビで放映され、その後インターネット動画で流れた事をきっかけに、各国の反ワクチンの立場の人々が活発に発言している状況が紹介されました。

 日本の出来事が短期間に容易に世界中に影響を与える事実に非常に驚きを感じ、また、ワクチンへの信頼の問題が、日本人に特別のことではなく世界共通の課題と実感しました。

新しい試みへの期待

 今回のHPVワクチンに限らず、地域保健の現場で人々の非科学的不信感が疾病予防対策の大きな壁になる場面は、少なからず経験してきたことですが、この動きを科学的・数量的に把握する試みを始めて知りました。把握方法を検討する過程のお話はたいへん興味深く、研究の成果によっては行政的な対応の幅が広がり、大きな力になると思いました。また、このプロジェクトの基本理念である、「ワクチンへの躊躇が特別なことではなく90%の『普通の』人に起こる状態」という考え方や、不信感への傾聴と真摯な対応、情報をオープンにすること等により、対策を進める側との相互理解と信頼を確立していくことが必要と強調されたことが印象に残り、現在の業務でもコミュニケーションのもち方を意識したいと肝に銘じました。

英国の移民に対する結核対策プログラム

(The tuberculosis control program for the immigrants to UK)

講師:Dr. lbrahim Abubakar, MBBS, DPH, MSc, PhD, FFPH, FRCPE, ERCP/ Professor of lnfectious Disease Epidemiology, University College London/Head of TB Section, Public Health England

 Dr. Abubakarは、ロンドン大学(UCL)の教授であるとともに、イングランド公衆衛生局の結核セクション長として英国の結核対策立案に深くかかわっています。今回はそういった立場から、英国の結核対策、特に移民に対する対策を抜本的に変革している最新の状況について伺いました。また、このセッションでは、昼食時に大学カフェテリアで情報交換した日本人留学のうち1人が参加して活発なディスカッションとなり、本調査ならではの会となりました。

結核の現状

 初めに、日本の都市部の外国人結核の罹患状況の例として、大阪市保健所のまとめによる大阪市のデータを説明したところ、Dr. Abubakarからは、若い世代で入国数年以内に発症する人が多いなど、ロンドンとの共通点がある一方で、日本の場合はロンドンと比較して移民の結核はまだまだ少数で、英国の状況とは異なるという指摘がありました。

 英国では、20世紀に大きく低下してきた罹患率が、過去10年間は微増傾向にあり2012年には13.9(人口10万当たり。以下同じ)になっています。罹患率は都市部で高く、また、結核患者のうち外国出生が70%を占め、英国出生の罹患率4.1に対して外国出生では79.9となっています。移民の割合が人口の10%を超えているという英国の国際化の進行と、結核流行への影響の大きさにとても驚きました。

 英国出生の移民二世、三世の罹患率がその他の英国出生の英国人と比べて高いとのことだったので、経済状況の影響について質問したところ、受診費用は無料なので医療アクセスの格差は少ないが、狭い環境に多人数で居住するなどの間接的な影響は考えられるとのことでした。また、結核菌遺伝子分析から、多くは外国由来株の二次感染と判明していて、両親や近隣コミュニティで高まん延国からの移民との接触が多いこともその一因と考えられるとのことでした。BCGは、移民の多い地域などに絞って乳児に推奨されているそうです。

 治療完了率は、移民の方が英国出生よりも高いということに驚いたのですが、その理由は、移民の患者のほうが健康な若年成人が多いからとのとこです。年齢層、ホームレスなど、同じ条件での比較ならば移民のほうが治療完了率は低いのですが、英国出生の結核患者は高齢者が多いため、治療中の死亡や剖検発見の結核などで治療完了にならない率が高くなるということで、一同納得しました。

入国者のスクリーニングの評価と今後の対策

 これまでの対策とその評価について表3に示します。評価を勘案して、英国では入国者の結核スクリーニングが変更されることになりました。

 入国前スクリーニングの質の管理については、場合によって実施機関との契約を取り消すことも視野に、検査の質を保つために相当な労力をかける体制が作られたのが印象的でした。

 また、入国時の対策について、胸部X線の費用対効果の検証内容を把握し、検証後1~2年で廃止になるスピード感に驚きました。日本でも行政施策の費用対効果を問われる場面が増えてきていますが、費用対効果をデータで示し、直ちに既存の対策がスクラップに至った過程を興味深く学びました。

 入国後の全例IGRAでのスクリーニングの費用対効果についても興味のあるところです。研究の結果、ツ反陽性者にIGRAを行う2ステップで最も費用対効果が高いものの、1回のIGRAでも罹患率150以上の国からの入国者を対象とする場合等で効果が認められたとのことでした。

政策決定に重要なもの

 今回は、移民の結核対策として入国前後のスクリーニングが中心でしたが、個別の対策を通して政策決定の過程を学んだことが最も印象的でした。Dr. Abubakarのような研究者が、費用対効果も含めて政策決定に活用できる研究を重ね、政策がスピーディーに決定・変更されている様子や、流行状況の分析に始まり、新たな課題への対策を科学的データに基づき立案していく基本的な考え方については、勤務する地域での独自課題に対応するイメージとしてもち続けたいと思いました。

※大阪市の外国人結核に関するデータを提供していただいた大阪市保健所感染症対策課の小向潤先生に感謝申し上げます。

 

表3 英国の移民に対する結核スクリーニング(講義メモ)
これまでの対策 入国前 入国時 入国後
実施場所・者
実施対象・時期
検査方法
その他

15か国で試験的実施
VISA発行時
胸部X線・喀痰塗抹
入国前の治療が必要

二大国際空港で実施
6か月以上滞在者・高まん延国からの入国者
胸部X線

居住地医療機関
空港から紹介された者
ツベルクリン反応・IGRA
対象評価(費用対効果)

あり
対象国が少ないとインパクトは限定的

低い
患者発見が少ない

実施者により差がある
IGRAの1回実施で、高まん延国からの入国者に費用対効果あり

表3 英国の移民に対する結核スクリーニング(講義メモ) その2
  入国前 入国時 入国後

今後の対策

80か国以上に拡大
検査の質確保の取り組み
データベース化

国際空港での胸部X線の順次廃止(2014年)

IGRAの1回実施
高まん延国からの入国者等に案内通知

出典

『月刊公衆衛生情報』2014年5月号、日本公衆衛生協会

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