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WHO本部及びロンドン大学保健医療事情調査報告(2)

更新日:2014年8月22日 印刷ページ表示

特別レポート 平成25年度地域保健総合推進事業(国際協力事業)

第2回WHO本部各局事業の視察

調査団

誌面監修:西垣 明子(長野県木曽保健所)

築島 恵理(札幌市保健所)渡邉 美恵(徳島県徳島保健所)照井 有紀(宮城県塩釜保健所)酒井 由美子(福岡市城南保健所)武智 浩之(群馬県伊勢崎保健所)

 この特別リポートは、標記の調査報告を抜粋し、全3回でご紹介する企画です。第2回は、2014年1月20日に行われたWHO本部の視察において、各講師にご講義いただいた各局の事業内容を中心にご紹介します。

UNAIDS HIV/AIDS対策~3つのゼロをめざして

講師:橘 薫子先生

Senior Adviser:Strategic Information and Monitoring Division

UNAIDSの概要と組織

 UNAIDS(国連合同エイズ計画)は、HIV/AIDS対策を進めていく中で、保健の分野からの対応だけでは不十分だという声を受け、参加国やNGOの意見をまとめてさまざまな問題に総合的にアプローチする必要から作られた組織です。

 この組織の特徴は、11の国連機関がさまざまな責任を分担していると同時に、対策の歴史的背景を踏まえて性的マイノリティーの団体などの当事者、NGOが正式メンバーとして加入していることです。また、対策に関するグローバルレベルの課題と目標の設定、モニタリングや評価を行っており、保健所でも健康教育などに活用する“Global Fact Sheet”はUNAIDSが毎年公表しているものです。

Getting to Zero ~「3つのゼロ」とは?

 1996年のUNAIDS発足以来、予防・治療方法の進歩・普及によって2001年以降は順調に新規感染者数が減少しており、2012年以降の目標として、“Getting to Zero”「AIDSによる死亡者ゼロ、差別ゼロ、新規感染者ゼロ」という「3つのゼロ」が掲げられています。(参考1)。

参考1 Getting to Zero
  • Getting to Zero
  • AIDS AWARENESS 2012
  • ZERO Death
  • ZERO Discrimination
  • ZERO New cases

 このうち「差別ゼロ」については、「感染により出入国や居住などの権利に差別的な法律をもつ国を減らす」といった数値指標のほかにも、「HIV陽性の子どもがいる学校に自分の子どもを登校させるか?」「HIV陽性の生鮮食品担当者から野菜を購入するか?」といった「自分の身に起こったらどうするか」という想定の意識調査結果を指標にすることが盛り込まれているそうです。

 日本ではこのような意識調査に対してどのくらいの人々が「yes(問題はない)」と答えるだろうかと考えたとき、今後の対策にひとつの課題が与えられたように感じました。

 また、国によっては同性愛・売春や薬物使用の存在自体がタブーで、調査の回答が必ずしも実情を反映していない場合があること、感染者の存在自体を否定している場合は対策の提言すらできないことなど、グローバルレベルの評価や対策の難しさについて再認識すると同時に、オープンにHIVの問題を扱うこと自体が困難な状況にある国を、世界の流れから取り残されないようにすることもUNAIDSの担う大きな役割であるという言葉が心に残りました。 

UNAIDSのゴールとは?

 2015年までの世界の開発課題を定めたミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:以下、「MDGs」という)の中で、HIV/AIDSに関しては、(1)蔓延阻止とその後の減少、(2)治療への普遍的アクセスの実現、という2つの目標が課せられており、昨年7月の国連の報告書からは少なくとも抗レトロウイルス療法を完全に普及するという目標は達成可能とみられています。

 それ以降の対策も「AIDSを終わらせるために具体的に何をすべきか」という視点から検討中で、今年前半に“Lancet”に掲載予定です。UNAIDSの活動自体は2030年をひとつのゴールと考え、そのユニークな組織形態や活動をどのように他の分野に生かしていけるかという課題もあり、組織のあり方やその存続についても考えながら日々の業務に取り組む姿が印象的でした。

 保健所等で直接地域の人々に接している私たちにとって、地域の目標はもちろんですが、「3つのゼロ」や「2030年のゴール」というグローバルレベルの目標を共有することの重要性を感じました。異なった視点を意識し、視野を広げることで、よりよい健康教育や広報活動が可能となるのではないでしょうか。

コラム
  • OMS(WHO)表示板
  • WHO?OMS?
     バスは「WHO行き」ではなく「OMS行き」です。ジュネーブはフランス語圏なので、「Organisation Mondiale de la Santé」を略してOMSと呼んでいるということを、メンバーの多くが今回初めて知りました。

Global TB Programme ~次世代の結核患者を半減させるために

講師:小野崎 郁史先生

Medical Officer:TB Monitoring and Evaluation, Global TB Programme

 2035年までに世界全体の結核罹患率を10人/10万人以下にするという目標が、2014年(まさに私たちが訪れていたとき)のWHO執行理事会で提言されました。それを実現するためのプログラムがGlobal TB programmeです。

達成すべき目標とその達成状況

 MDGsの中で、結核については、(1)罹患率の低下 (2)死亡率の半減(1990年比) (3)有病率の半減(1990年比) (4)患者の70%以上の発見 (5)患者の85%以上の治療成功、といった目標が掲げられています。罹患率の低下および治療成功はすでに達成され、死亡率も期限までに達成できる見込みです。有病率についても22の高蔓延国のうち7か国ですでに目標を達成し、さらに4か国で最終年までの達成が見込まれています。

 一方で、世界中では300万人もの未発見患者、600万人もの未治療患者がいると推測され、この900万人に対処しなければ次世代への感染の連鎖を断つことはできません。 

2つの課題 ~HIV合併結核と多剤耐性結核

 HIV合併結核は特にアフリカで大きな問題ですが、発見率は国の医療環境によって大きく異なり、HIV対策が進むことでHIV合併結核の患者のほうが結核単独の患者よりも早く発見されるようになった国もあるそうです。

 また、多剤耐性結核(Multi-Drug Resistant Tuberculosis: 以下、「MDR-TB」という)には移民とともにヨーロッパに流入した1997年ごろからようやく対策に本腰を入れ始めたとのことでした。初めからMDR-TBに感染しているケースも多く、MDR-TBに感染しているケースも多く、MDR-TB対して栄養改善を施すだけでもある程度の治療効果があるという説明は、途上国も含め今後世界的なMDR-TB対策を考えるうえで興味深いものでした。

対策を進めるために

統一サーベイランスの確率は今後の結核対策では不可欠です。2008年から標準化された有病率サーベイランスのプロトコルが普及し始め、多くの国の比較評価が可能になりました。有病率を繰り返し調査することで、その国の対策の有効性を評価し、新たな課題への取り組みも可能になります。

また、約2時間で喀痰から結核菌の同定とリファンピシン耐性検査が可能な迅速診断キット(XpertMTB/RI)が開発されたものの、コスト面から適応を絞り込んでの活用が必須です。

薬剤に関しては、以前の「治療期間短縮を目的とした治療薬開発」から、いまは「新たな感染の予防だけでなく、既感染者の発病をも防ぐワクチン開発」にその力点が移行しているとのことでした。

2015年以降の結核戦略と目標

 MDGs以降の目標が今回の執行理事会に提言され、世界的規模では人類が結核の制圧に着実に近づきつつあることを改めて認識しました。私たちの孫の世代には“結核は過去の病気”という世界が来るのではないか、というのは心躍る予感です。越えるべきハードルは決して低くありませんが、日本の片隅の保健所から、世界の結核撲滅に向けてささやかながらできること、「確実な診断と治療」を支えるための地道な服薬支援そして臨床現場との連携を「大きな夢」をもって継続する必要性を実感しました。

コラム
  • 国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)と国際赤十字・赤新月博物館
    アンリ・デュナンが提唱した赤十字の理念・活動内容をはじめ、アドボカシーの重要性やグローバルマインドについて、IFRCのDr.Stefan Seebacherのお話も今回の大きな収穫のひとつでした。
     博物館の売店には井伏鱒二著『黒い雨』の英訳と仏訳版が置かれていました。赤十字は2011年に「核兵器の使用禁止を訴える決議」を採択し、昨年は「核兵器使用禁止と廃絶に向けた意識を高める行動計画」を策定しています。それを世界に(日本人観光客にも)アピールする姿勢を、こんなところにも感じさせられました。

ポリオ対策

講師:岡安 裕正先生

Medical Officer Research/Policy and Product Development Polio Operations and Research

 日本では2012年9月に単独の不活化ポリオワクチン(inactivated poliovirus vaccine:以下、「IPV」という)が、同年11月からは4種混合ワクチンが導入され、ポリオ対策の転換期を迎えました。根絶までの道のりと世界のポリオ対策について学びました。

ポリオ根絶計画

 1988年のWHO総会で、天然痘に続く感染症根絶の目標として「2000年までの」ポリオ根絶計画が提唱されました。この計画には現在全世界で約3000人の職員がかかわり、(1)現場のコーディネート (2)資金集め (3)データ収集 (4)研究開発等を進めています。

 当初の目標までには根絶できなかったものの、WHOは、Endgame Planの4つの目標を基に活動しています(参考2)。

参考2 Endgame Plan  Endgame Plan, 2013-18
  • Polio detection & Interruption(by 2014)
  • Immunization systems & OPV withdrawal(by 2016)
  • Containment & Certification(by 2018)
  • Legacy Planning(by 2015)

ポリオ常在国の事情

 Planの中では狭義(野生株)の根絶目標は2014年ですが、現在も常在国や新たな発生地域が存在します。これらの国や地域には、劣悪な生活衛生環境、栄養不良による生ポリオワクチン(oral poliovirus vaccine:以下、「OPV」という)の有効性の低下、予防接種への理解の欠如、紛争状態など予防接種プログラムの障害となる問題点が多く存在します。

 たとえば、紛争状態にあるパキスタンとアフガニスタンの国境付近ではポリオワクチンにかかわるボランティアが襲われています。これは、テロ組織にとって注目を集めやすい手段であり、援助を受けるための政治的駆け引きのひとつとしてポリオワクチンを利用しているそうです。

 このままでは目標達成はどうなるのでしょうか。

ワクチン転換の課題~イスラエルの環境調査

 WHOは2016年までに全世界でのIPV転換を目標にしていますが、IPV接種導入国であるイスラエルの環境調査で、下水からポリオウイルスが継続的に確認されているため、IPV単独ではなくOPVの併用も推奨するに至っています。IPV単独接種者は腸管免疫ができないため、ポリオに感染しても発症はせずに不顕性感染者としてウイルスを含む便を排泄するため、下水へウイルスが継続流入すると考えられており、その対策としてイスラエルではOPVを再開しましたが、その接種率は高くはないそうです。

 この件はWHO内でも驚きをもって受け止められたとのことですが、IPV単独接種導入国で、かつ衛生環境が整わない地域限定での出来事と考えられ、現在は他国で同様のことは起こらないと判断されています。

日本の貢献

 これまで日本はポリオ根絶の先駆者として資金・人的貢献の一角を担うとともに、ワクチンの製造技術で世界をリードし、その技術供与を期待されています。さらに革新的な資金調達方法としてナイジェリアへ円借款での支援が行われる予定です。この円借款には、ゲイツ財団がパートナーシップとしてバイダウンすることになっています。バイダウンとは、一定の予防接種率を達成した場合、その債務残高を買い取るしくみのことです。

ポリオ対策の今後

 世界中で、症例・環境検査ともに「3年間新規発生なし」を達成しポリオの根絶宣言を行ったあとも、少なくとも5~10年間はワクチン接種の継続が必要とされています。

 その間重要なのは環境調査(日本では国立感染症研究所で実施)です。今後日本を含めIPV接種導入国の環境調査でポリオウイルスが発見された場合は、ただちに徹底した原因調査と対策が求められます。

 日本ではIPV移行後、ポリオの話題は減り、私たちもあたかも解決済みの感染症としてとらえがちでした。ポリオ対策に新しい課題があること、ポリオを継続して国際社会の議題に乗せることの重要性を今回の調査で再度認識することができました。

※なお、本報告は私たち調査団の個人的見解であり、講師の先生方や各所属組織の公式見解ではないことをお断りします。

出典

『月刊公衆衛生情報』2014年6月号、日本公衆衛生協会

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