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もっと埴輪(はにわ)や古墳について学んでみよう!

更新日:2021年2月8日 印刷ページ表示

古墳やはにわってなに?

古墳は3世紀後半から7世紀にかけて多く造られた王や偉い人たちのお墓で、はにわは古墳の上や周囲に並べられた主に素焼きの焼き物のことです。はにわは死者の魂(たましい)を守ったりしずめたりするものと考えられています。

保渡田八幡塚古墳(高崎市)の写真
保渡田八幡塚古墳(高崎市)

はにわのコメント画像1
こんなにたくさんのはにわに守られていたら、中の人も安心して眠れるね。

なぜ古墳やはにわが貴重なの?

古墳やはにわが作られたのは、まだ文字が広まるより昔のことですが、古墳やはにわを調べると、楽器をひいていたり、農具を持っていたり、服装や髪型など、昔の人の生活の様子を知ることができます。

埴輪2体の写真
左:琴弾男子椅像(前橋市出土)、右:笠をかぶり鍬をかつぐ農夫(太田市出土)

はにわのコメント画像2
ネックレスや帽子、髪型など個性的!古代人もおしゃれを楽しんでいたんだね。

大型古墳数ランキング全国4位!

県内では100メートルを超える巨大古墳が数多く造られ、全体では13,000基を超える古墳が造られた「古墳大国」でした。中でも太田天神山古墳は、墳丘の全長が210メートルもあり、東日本では堂々第1位の大きさです。

天神山古墳の写真
上空から見た太田天神山古墳(太田市)

はにわのコメント画像3
大きな古墳が多いってことは、力を持った豪族がたくさんいたんだね。

新たな国宝はにわ誕生!

国宝・国指定重要文化財に指定されているはにわのうち40%が群馬県から出土しています。群馬県地域のはにわは、6世紀の中頃から他の地域には見られない発達を遂げ、力を持った豪族が、多くのはにわを並べたため、大量のはにわを製作する熟練技術者が育ちました。
国宝のはにわは、今まで「挂甲武人埴輪(けいこうぶじんはにわ)」が唯一のものでしたが、2020年9月に新たな国宝が誕生しました。国宝に指定されたのは、群馬県立歴史博物館に展示され、綿貫観音山古墳から出土した全てのはにわと副葬品です。きらびやかな副葬品とともに、精巧に作られたはにわ群が高く評価されました。

挂甲武人埴輪の写真
挂甲武人埴輪(太田市出土)

綿貫観音山古墳出土の埴輪の写真
綿貫観音山古墳(高崎市)出土の埴輪

はにわのコメント画像4
国宝になるだけあって、本当に細かいところまでよくできているね。

群馬だけに?「馬」出土多数!

群馬県内で出土した馬形埴輪(うまがたはにわ)は350例以上といわれ、全国的に見ても非常に豊富な数量を誇ります。当時、財力や軍事力、権威の象徴で非常に大切な存在であった馬がたくさん飼育されていました。

馬形埴輪2体の写真
左:馬形埴輪(渋川市出土)、右:馬形埴輪(伊勢崎市出土)

はにわのコメント画像5
群馬県内で見つかった動物埴輪のうち90パーセントが馬のはにわなんだって!

東国文化情報もチェック!

古墳時代を中心に、現在の関東地方で栄えた文化を「東国文化」といいます。当時、群馬の地域は、経済的にも文化的にも東日本をリードする先進的な地域でした。
群馬が古墳大国となった理由や代表的な史跡についてさらに知りたい方はこちら(東国文化ポータルサイト)

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