本文
令和6年度答申第8号
第1 審査会の結論
本件審査請求には、理由がないので、行政不服審査法(平成26年法律第68号)第45条第2項の規定により審査請求を棄却すべきである。
第2 審査関係人の主張の要旨
1 審査請求人
本件審査請求は、処分庁が行った令和6年6月3日付け不動産取得税の課税処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求めるものであり、審査請求人は、その理由として次のとおり主張している。
(1) 審査請求書による主張
登記簿上一旦所有権は移転されているが、不動産売買の登記は錯誤により取り消されており、実質上の所有権は移転されていなかったことから、審査請求人は不動産を取得した訳ではなく、これに対する課税処分は間違いである。
(2) 反論書による主張
ア 審査請求人から○○○○への所有権移転について
(ア) 審査請求人と○○○○(以下「○○○○」という。)が行った契約は売買契約ではなく金銭消費貸借契約である。返済が滞った場合に、不動産を売却するために所有権移転に必要な権利証等の書類を○○○○に預けていて、売買契約書は○○○○が作成して、勝手に所有権移転登記を行った。
(イ) 売買契約書と買戻特約契約書に署名と実印が捺されている事は認めるが、それをもって真の合意が有った事の証明にはならない。所有権を移転するには、登記申請をする時点で所有権移転の合意がなければならないが、本件登記申請は○○○○が勝手に行ったものであり、審査請求人にその意思がなかったことは○○○○も認めている。
イ 法務局による登記原因の審査について
法務省の組織である法務局が、売買は不存在であり錯誤に基づくものである旨が記載された登記原因証明情報にて所有権移転登記を受け付けており、法務局が「売買の事実はなかった」と認めているということである。
ウ 登録免許税について
所有権移転の登録免許税は評価額の1000分の20と決まっているが、所有権を審査請求人に移転した際の登録免許税は○○○○円であり、所有権が移転しているならば審査請求人から○○○○に所有権移転登記をした時と同額の○○○○円が再度かかるはずである。
2 審査庁
審理員意見書のとおり、本件審査請求を棄却すべきである。
第3 審理員意見書の要旨
1 所有権移転について
本件処分は、審査請求人が保有していた○○○○の土地(以下「本件土地等」という。)について、○○年○○月○○日付け売買を登記原因として審査請求人から○○○○に所有権移転登記がなされた後、○○○○の本件土地等に関する所有権が抹消されたことにより審査請求人に所有権が移転したことに対する不動産取得税の課税処分であるが、審査請求人は当初より所有権は審査請求人にあり、そもそも○○○○に移転しておらず新たに不動産を取得していないと主張している。
このことから、審査請求人から○○○○への所有権移転があったのか否かを判断し、その上で本件処分の対象となる○○○○から審査請求人への所有権移転があったかを判断する必要がある。
この点について、本件においては、提出された売買契約書等の書類に基づけば、審査請求人は、契約内容を理解した上、自らの意思で○○年○○月○○日付け売買契約書に署名及び実印を押印しており、○○○○に対し、印鑑証明書、本件土地等の登記の権利証等の交付があったことが認められることから、本件土地等につき有効な売買契約が成立し、所有権が移転したものと認めるのが相当である。また、当該売買契約書第4条に売主は代金受領と同時に買主に対し所有権移転及び引渡しを行う旨が記載されており、実際に、審査請求人は売買代金を受領していることから、○○年○○月○○日時点で審査請求人から○○○○に所有権が移転していると判断できる。
さらに、○○年○○月○○日付け和解契約書や登記原因証明情報等の書類によれば、先述の所有権移転が取り消され、○○○○から審査請求人への所有権移転があり、不動産取得税における「不動産の取得」の事実があったものと考えられる。
なお、審査請求人は、「売買契約書と買戻特約契約書に署名と実印が捺されている事をもって真の合意が有った事の証明にはならない、本件登記申請は○○○○が勝手に行ったものである。」との旨を主張し、その証拠として○○年○○月○○日付け金銭消費貸借契約書を提出しているが、当該金銭消費貸借契約書の内容について審査請求人自身の提出書類、主張との間に矛盾や齟齬がみられる。
2 法務局による登記原因の審査について
審査請求人が主張する「法務局が「○○年○○月○○日売買の事実はなく、そもそも不存在であり錯誤に基づくものである。」という登記原因証明情報を受け付け、○○○○から審査請求人に所有権移転登記をしているのであるから、法務局が「売買の事実が無かった」と認めている」との点については、昭和35年4月21日最高裁判決(昭和33年(オ)106号)では「登記官吏は当該申請書及び附属書類について、登記申請が形式上の要件を具備しているかいないかのいわゆる形式審査をなし得るにとどまり、進んでその登記事項が真実であるかどうかのいわゆる実質的審査までする権限を有するものではない」と判示していることに照らせば、法務局の登記官は、登記申請書の内容に不備がないかを確認するのみで、登記原因の中身について事実であるかの判断を行うものではないことから、審査請求人の主張は採用できない。
3 登録免許税について
審査請求人は、売買による所有権移転登記にかかる登録免許税は評価額の1000分の20と決まっており、当初の審査請求人から○○○○への登録免許税は○○○○円であったのにも関わらず、所有権抹消登記の登録免許税は○○○○円であり、再度審査請求人に所有権が戻ったのならば、同様の○○○○円であったはずだと主張している。この点について、不動産取得税における「不動産の取得」とは「経過的事実に則してとらえた不動産所有権取得の事実をいうもの」であり、抹消登記がされたことが、「不動産の取得」に当たる所有権移転の事実がないことの証明とはならないため、審査請求人の主張は採用できない。
4 結論
以上のとおり、審査請求人が所有していた本件土地等について、○○年○○月○○日に売買により○○○○に所有権が移転した後に、○○○○から審査請求人に所有権が移転していると認められることから、本件処分は適法であり違法又は不当な点はなく、本件審査請求には理由がないから、行政不服審査法(平成26年法律第68号)第45条第2項の規定により棄却されるべきである。
第4 調査審議の経過
当審査会は、本件諮問事件について、次のとおり、調査審議を行った。
令和6年11月22日 審査庁から諮問書及び諮問説明書を収受
令和6年11月29日 調査・審議
令和6年12月20日 調査・審議
第5 審査会の判断の理由
1 審理手続の適正について
本件審査請求について、審理員による適正な審理手続が行われたものと認められる。
2 本件に係る法令等の規定について
(1) 地方税法(昭和25年法律第226号。以下「法」という。)第73条の2第1項及び群馬県県税条例(昭和25年群馬県条例第32号。以下「条例」という。)第70条第1項では、不動産取得税は、不動産の取得に対し、当該不動産の取得者に課する旨規定している。
(2) 取得については、法にその定義を定めた規定はないが、東京地方裁判所昭和38年12月28日判決(昭和38年(行)25号)では「「不動産の取得」とは、通常の意味に従って「不動産所有権の取得」の意味に解する」と判示されている。
(3) また、不動産取得税は、法第73条の2第1項及び条例第70条の規定により、不動産の取得に対し、当該不動産の取得者に課するとされているが、不動産取得税は、いわゆる流通税に属し、不動産所有権の移転の事実自体に着目して課されるものであって、不動産の取得者が取得する経済的利益に着目して課されるものではないから、法第73条の2第1項にいう「不動産の取得」とは、所有権移転の形式により不動産を取得するすべての場合を含むものと解するのが相当であるとされている(最高裁判所昭和48年11月16日第二小法廷判決(昭和43年(行ツ)90号))。
3 本件処分の妥当性について
(1) 本件処分の経緯
本件審査請求について、審理員による審理手続を経て確認されたことによれば、本件処分が行われた経緯は次のとおりである。
ア ○○年○○月○○日、本件土地等について、審査請求人から○○○○に、登記原因○○年○○月○○日売買により所有権移転登記がなされた。
イ ○○年○○月○○日、本件土地等について、登記原因○○年○○月○○日取消により、上記所有権の抹消登記がなされた。
ウ ○○年○○月○○日、本件土地等の所有権移転登記について、○○○○長から処分庁に対し、不動産取得通知書が送付された。
エ 処分庁が登記申請書の調査を行ったところ、登記原因証明情報等には審査請求人の署名押印がなされていたことから、○○年○○月○○日付け売買により審査請求人から○○○○へ所有権が移転をしていると判断した。
また、○○年○○月○○日付け取消により○○○○から審査請求人へ所有権が移転したと判断した。
オ 令和6年5月16日、処分庁は、○○○○及び審査請求人に課税予告を送付した。その後、○○○○から処分庁に対し、売買が取り消されている場合も不動産取得税は課税になるのかとの照会があった。
カ ○○年○○月○○日、○○○○は処分庁を来所し、所有権移転に関わる一式の資料を提出した。処分庁は、提出された売買契約書等を確認した結果、売買契約により審査請求人から○○○○に所有権が移転した後に、和解契約により再び審査請求人に所有権が移転していると判断し、課税は有効である旨を○○○○に伝えた。
キ 令和6年6月3日、処分庁は本件処分を行い、同日付けで審査請求人に対し、納税通知書を送付した。
ク 令和6年6月28日、審査請求人は本件処分について審査請求を提起した。
(2) 本件処分の妥当性について
法第73条の2第1項及び条例第70条第1項の規定による不動産取得税の課税要件は「不動産所有権の取得」であると解されるところ、処分庁は、先述の経緯のとおり、審査請求人と○○○○との間の所有権移転の事実を本件土地等の登記簿並びに不動産売買契約書及び和解契約書により確認したとしている。したがって、当該書類の内容を確認し、本件処分の妥当性について検討する。
ア 本件処分の根拠となった事実
(ア) 登記簿
本件土地等の登記記録全部事項証明書における権利部(甲区)には、○○年○○月○○日付け売買を原因として、○○年○○月○○日付けで審査請求人から○○○○への所有権移転登記が行われたことが記載されている。この所有権移転登記の申請書添付資料である登記原因証明情報によれば、○○年○○月○○日付け売買により不動産所有権が審査請求人から○○○○へ移転したこと、委任状によれば所有権移転登記申請における一切の権限を委任する受任者欄に○○○○の代表の氏名が印字され、実印が押印されており、委任者欄には審査請求人の署名、実印が押印されていること、○○年○○月○○日付けの審査請求人の印鑑証明書が添付されていること等が確認できる。
また、○○年○○月○○日付け取消を登記原因として所有権の抹消登記が行われたことが記載されており、この所有権抹消登記の申請書添付資料である登記原因証明情報によれば、不動産売買の事実はなく○○年○○月○○日付けで売買を取り消したこと、委任状によれば所有権抹消登記申請における一切の権限を委任する受任者欄に○○○○の代表の氏名が印字され、実印が押印されており、委任者欄には審査請求人の氏名が印字され、実印が押印されていることのほか、○○年○○月○○日付けの○○○○の印鑑証明書が添付されていること等が確認できる。
(イ) 不動産売買契約書等
○○年○○月○○日付け不動産売買契約書には、売買代金が「金○○○○円」と印字されるとともに、実印による割り印をした「不動産の表示」の項目に本件土地等が印字されている。売買契約書条項の第4条には、「売主は、前条の代金受領と同時に買主に対し本物件の所有権移転及びその引渡しを行」うことを規定しており、第11条には、特約事項として売主は買主から○○年○○月○○日までに買戻しできるものとし、買戻期間内までは所有権移転登記を留保する旨を規定している。契約書の売主の欄には、審査請求人の署名、実印の押印がされており、買主の欄には、○○○○の記名、押印があることが確認できる。
加えて、審査請求人と○○○○は、同日付けで買戻特約契約書を締結しており、買戻特約契約書には審査請求人の署名、実印の押印がされている。さらに、○○年○○月○○日、審査請求人と○○○○は、同年○○月○○日付け売買契約書に基づく買戻期間を同年○○月○○日まで○○月間延長することに合意する旨の合意契約を締結しており、合意契約書には、審査請求人の署名、実印が押印されている。
また、○○年○○月○○日付け受領証において、審査請求人は○○○○から、売買代金○○○○円を受領したとして、審査請求人の署名、実印が押印されている。
(ウ) 和解契約書
○○年○○月○○日付け和解契約書には、「○○年○○月○○日付け買戻特約付不動産売買契約書について和解契約を締結する」と記載されており、和解契約条項第1条において当該売買契約を「本日付で取消する」と、第2条において「和解金として金○○○○万円を支払う」と規定している。また、審査請求人及び○○○○両者の記名、押印が確認できる。
イ 所有権移転の事実の有無
上記ア(ア)から(ウ)までに基づき、本件土地等の所有権移転の事実の有無について検討する。
(ア) 審査請求人から○○○○への所有権移転
本件土地等の登記記録全部事項証明書によれば、本件土地等は○○年○○月○○日付け売買を原因とした所有権移転登記がなされており、登記簿上、審査請求人から○○○○へ○○年○○月○○日付けで所有権が移転したことが確認できる。所有権移転登記の原因である○○年○○月○○日付け売買契約については不動産売買契約書によりその存在が確認でき、当該契約書の第4条において、売主は売買代金の受領と同時に買主に対して所有権移転等を行うことを約する合意が規定されている。審査請求人が同日付けで売買代金の○○○○円を受領したとする受領証も確認できることを併せ考えても、当該売買契約に基づく合意が履行された結果、審査請求人は売買代金の受領と引換えに本件土地等の所有権を○○○○へ移転させたことが認められる。
この点について、審査請求人は、当該不動産売買契約書は○○○○が勝手に作成したもので審査請求人の意思に基づくものではなく、所有権移転登記についても○○○○が勝手に行ったものだと主張している。しかしながら、民事訴訟法(平成8年法律第109号))第228条第4項において「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と規定されていること、これについて、私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出されたものであるときは、反証のない限り、当該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定され、その結果、当該文書は真正に成立したものと推定すべきであるとされている(最高裁判所昭和39年5月12日第三小法廷判決(昭和39年(オ)71号))ことを踏まえれば、本件土地等の不動産売買契約書において審査請求人の署名及び実印の押印が確認できること、及び登記申請書及び委任状において審査請求人の署名及び実印の押印が確認できることに照らせば、○○○○が単独で不動産売買契約書等の一連の書類を作成したうえ所有権移転登記の手続を行ったとは考えにくく、審査請求人は当該契約書等の内容を理解した上で、審査請求人本人の意思に基づき、署名及び押印を行い契約締結し、並びに登記申請手続の委任を行ったと判断することが相当である。もっとも、契約書における押印が、印章が盗まれたなど作成者の意思によらず利用されたとの事実が反証として主張、立証されれば、先述の判断は成立しないと言うことができるものの、本件においては押印だけでなく審査請求人の署名がなされていることが確認されており、また、審査請求人は署名と押印の存在する事実を反論書において認めていることから、前述の反証は成立し得ない。
さらに、東京地方裁判所平成9年10月27日判決(平成3年(ワ)18922号)は、不動産の所有者が、契約内容が不動産の売買に関するものであることを認識した上で、売買契約書及び登記委任状の売主欄に署名押印し、買主に実印及び印鑑証明書を交付したほか、買主が売主の保管していた権利書を持ち出すことを売主が了解していた等との事情の下では、売買代金が売主に支払われず、右不動産に売主の孫夫婦が住んでいたとしても、右不動産につき有効な売買契約が成立したものと認められる旨を判示している。本件においては、審査請求人は、契約内容を理解した上、自らの意思で○○年○○月○○日付け売買契約書に署名及び実印を押印しており、○○○○に対し、印鑑証明書、本件土地等の登記の権利証等の交付があったことが認められることから、前述の判決の場合と同様に、本件土地等につき有効な売買契約が成立し、所有権が移転したものと認めるのが相当である。
したがって、審査請求人と○○○○との間に不動産売買契約が締結されていたことが認められることから、当該契約に基づき本件土地等の所有権が審査請求人から○○○○へ移転したと判断できる。
(イ) ○○○○から審査請求人への所有権移転
本件土地等の登記記録全部事項証明書によれば、本件土地等は○○年○○月○○日付け取消を原因とした所有権抹消登記がなされており、登記簿上、審査請求人から○○○○へ移転した所有権は同日付けで審査請求人へ復帰したことが確認できる。この登記原因となった取消とは、登記原因証明情報によれば、○○年○○月○○日売買が錯誤に基づくものであったため売買を取り消したものであるとされている。しかしながら、この点について、○○年○○月○○日付け和解契約書の内容は、○○年○○月○○日付け不動産売買契約書について○○年○○月○○日付けで取り消す旨を合意し、その和解金として審査請求人が○○○○に対し○○○○円を支払うものとされ、両者の記名、押印がなされているというものであり、その実質的な内容は錯誤による取消しというよりはむしろ不動産売買契約の合意解除とみるべきものである。
ここで、東京地方裁判所平成26年8月26日判決(平成26年(行ウ)40号)では、「不動産の売買契約の合意解除は、遡及的に売買契約を無効にする効果を有しているものの、売買契約によって当該不動産の所有権が買主に移転した事実自体を否定することはできない。(中略)不動産取得税が不動産の所有権の移転の事実自体に着目して課税されるものであることに照らせば、売買契約の合意解除に伴う所有権の復帰は、課税上、売買契約の相手方(買主)から元の所有者(売主)への新たな所有権の移転があったものとして捉えるべきものであり、地方税法73条の2第1項にいう「不動産の取得」に該当するものと解するのが相当である。なお、不動産の売買契約について、当該契約を無効とすべき原始的な瑕疵があり、当初から所有権の移転の効果が生じていないというような特別な事情がある場合においては、当該契約の当事者が合意解除の形式を採ったとしても、所有権の移転(復帰)を観念することはできないものと解される。」と判示されている。これを本件についてみるに、本件土地等の売買契約を合意解除したものと見られる○○年○○月○○日付け和解契約書の内容に従えば、当該売買契約は契約締結日まで遡及的に無効となったと判断できるものの、売買契約によって本件土地等の所有権が○○○○に移転した事実自体を否定することはできず、合意解除に伴い○○○○から審査請求人へと所有権が復帰したことは、課税上、新たな所有権の移転があったものとして捉えるべきであり、法第73条の2第1項にいう「不動産の取得」に該当するということができると考えられる。
したがって、本件土地等の所有権は、不動産売買契約により審査請求人から○○○○へ移転し、その後、不動産売買契約の和解契約により○○○○から審査請求人に新たに移転したものと認められ、これにより審査請求人が本件土地の所有権を取得したことは、法第73条の2第1項及び条例第70条第1項にいう「不動産の取得」に該当すると判断できる。
ウ 補足
なお、前述のとおり、本件土地等の所有権移転については売買契約の形式が取られたものであるが、本件土地等の不動産売買契約書には買戻特約が付されていたこと、当該売買契約の締結日である○○年○○月○○日から実際に所有権移転登記がなされた○○年○○月○○日までに○○年以上の間隔があること、後述する金銭消費貸借契約書の存在が確認されていること及びその他審理手続において提出のあった書類の内容を鑑みるに、本件土地等に係る審査請求人と○○○○との間の買戻特約付不動産売買契約は、実質的には譲渡担保の目的で締結されたものであるとみることも可能である。譲渡担保による不動産の取得については、最高裁判所昭和48年11月16日第二小法廷判決(昭和43年(行ツ)90号)において、「地方税法第73条の2第1項にいう「不動産の取得」とは、不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか否かには関係なく、所有権移転の形式による不動産の取得のすべての場合を含むものと解するのが相当であり、譲渡担保についても、それが所有権移転の形式による以上、担保権者が右不動産に対する権利を行使するにつき実質的に制約をうけるとしても、それは不動産の取得にあたるものと解すべきである。」と判示されていることを踏まえれば、本件土地等に係る実際の取引が譲渡担保の性格を有する可能性を考慮した場合にあっても、本件土地等を売買の形式により担保に提供し所有権移転登記を行った後で、当該売買契約を合意解除し所有権移転登記の抹消登記を行ったことは、それぞれ、審査請求人から○○○○への所有権移転があったこと及び○○○○から審査請求人への所有権の復帰があったことにほかならず、結論としては、イ(ア)及び(イ)において判断したことと同様に、課税要件である「不動産の取得」に該当するといわなければならない。
エ 小括
以上のとおり、処分庁が登記簿並びに不動産売買契約書及び和解契約書から確認を行った本件土地等に関する所有権移転の経過に基づくと、審査請求人は「不動産の取得」をしたと認めることができることから、審査請求人に対する課税処分について違法、不当な点はなく、適法な処分であったということができる。
(3) 審査請求人の主張に関する検討
ア 金銭消費貸借契約書について
審査請求人は、「売買契約書と買戻特約契約書に署名と実印が捺されている事をもって真の合意が有った事の証明にはならない、本件登記申請は○○○○が勝手に行ったものである」という旨を主張し、その証拠として○○年○○月○○日付け金銭消費貸借契約書を提出しているため、これについて検討する。
(ア) 金銭消費貸借契約書
○○年○○月○○日付け金銭消費貸借契約書には、「一金 ○○○○円也」との表示があり、この金額を審査請求人が○○○○から借り受け受領したと記載されている。また、「完済に至る迄、甲は毎月14日迄に乙指定の口座に○○○○円振り込み、内、○○○○円を金利、○○○○円を元金返済分とする。」と規定されているほか、本件土地等に○○○○円の根抵当権を設定する旨、甲は土地権利書等の所有権移転に必要な書類一式を乙に預ける旨等が約束され、甲欄に審査請求人の記名、押印が、乙欄に○○○○の記名、押印があることが確認できる。
また、○○年○○月○○日付け受領証があることが確認されており、その内容は、○○年○○月○○日付け金銭消費貸借契約書の和解金として○○○○が審査請求人から○○○○円を受領した旨が記載されている。
(イ) 金銭消費貸借契約書の証拠力について
上記の金銭消費貸借契約書の記載内容については、審理員が指摘するとおり、審査請求人自身の提出書類、主張との間に齟齬が見られるところであるが、そもそも、金銭消費貸借契約書の存在により確認できるのは、金銭消費貸借契約が存在していたことのみであり、審査請求人のいう「所有権移転の意思がなかったこと」や3(2)イにおいて認定した不動産売買契約の不存在を証明するものではない。したがって、審査請求人と○○○○が行った契約は売買契約ではなく金銭消費貸借契約であるとする審査請求人の主張は採用できない。
イ 所有権移転の時期について
審査請求人は、所有権を移転するためには「登記申請をする時点で所有権移転の合意」が無ければならないと主張している。この点について、最高裁判所昭和33年6月20日第二小法廷判決(昭和31年(オ)1084号)では「売主の所有に属する特定物を目的とする売買においては、特にその所有権の移転が将来なされるべき約旨に出たものでない限り、買主に対し直ちに所有権移転の効力を生ずるものと解する」と判示されている。本件においては、(2)ア(イ)のとおり、本件土地等の不動産売買契約書第4条に、売主は代金受領と同時に買主に対し所有権移転及び引渡しを行う旨が規定されており、また、当該不動産売買契約書には審査請求人の署名及び実印の押印がなされていることに加え、契約締結日である○○年○○月○○日に審査請求人が売買代金として○○○○円を受領したとする受領証にも審査請求人の署名及び実印の押印がされていることからすれば、当該不動産売買契約に基づく所有権移転の合意により、審査請求人が売買代金を受領した○○年○○月○○日時点で、審査請求人から○○○○への所有権の移転があったと判断できることから、審査請求人の主張は採用できない。
ウ 法務局の登記原因の審査について
審査請求人は、法務局が「○○年○○月○○日売買の事実はなく、そもそも不存在であり錯誤に基づくものである。」という登記原因証明情報を受け付け、○○○○から審査請求人に所有権移転登記をしているのであるから、法務局が「売買の事実が無かった」と認めていると主張している。
この点について、最高裁判所昭和35年4月21日第一小法廷判決(昭和33年(オ)106号)では「登記官吏は当該申請書及び附属書類について、登記申請が形式上の要件を具備しているかいないかのいわゆる形式審査をなし得るにとどまり、進んでその登記事項が真実であるかどうかのいわゆる実質的審査までする権限を有するものではない」と判示している。
以上のとおり、法務局の登記官は提出された登記申請書等の内容に不備がないかを確認する形式的審査権を有するに留まり、取引についての実質的審査権までは有していないことから、登記原因の内容について事実であるかの判断を行うものではない。○○年○○月○○日付け所有権抹消登記は、その申請時に添付資料として提出された「登記原因証明情報」において「売買は不存在であり錯誤に基づくものである」という旨が記載されていたことをもって、登記官は「原因 ○○年○○月○○日取消」と抹消登記を行ったものであると考えられるが、これは、審査請求人が主張する「法務局が売買の事実がなかったことを認めた」ということを意味するものではない。よって、審査請求人の主張は採用できない。
エ 登録免許税について
審査請求人は、売買による所有権移転登記にかかる登録免許税は評価額の1000分の20と決まっており、当初の審査請求人から○○○○への登録免許税は○○○○円であったのにも関わらず、所有権抹消登記の登録免許税は○○○○円であり、再度審査請求人に所有権が戻ったのならば、同様の○○○○円であったはずだと主張している。
そもそも、不動産取得税における「不動産の取得」とは、2(3)のとおり「経過的事実に則してとらえた不動産所有権取得の事実をいうもの」である。○○年○○月○○日付けで○○地方法務局へ行われた手続が所有権抹消登記の申請であった以上、その登録免許税は、登録免許税法(昭和42年法律第35号)別表第一の「一 不動産の登記」の項第15号の規定により、不動産の個数1個につき1,000円となる。本件においては、対象の不動産(土地)が○○個であったため、同法に基づき抹消登記に○○○○円の登録免許税を要したものである。登録免許税の額は行う手続に応じて課せられているものであって、所有権移転の事実の有無に対し課せられているものではない。したがって、審査請求人の「再度申立人に所有権移転がなされていたと仮定すれば、登録免許税は○○○○円でなく○○○○円だった筈である」との主張は認められず、本件処分に係る所有権移転の経緯からしても、抹消登記がされたことが「不動産の取得」に当たる所有権移転の事実がないことの証明とはならないため、審査請求人の主張は採用できない。
(4) 総括
以上により、審査請求人が所有していた本件土地等について、○○年○○月○○日に売買により○○○○に所有権が移転した後に、○○○○から審査請求人に所有権が移転していることが認められ、その余の審査請求人の主張は是認することができないことから、本件処分は適法であり違法又は不当な点はなく、本件審査請求には理由がないと判断する。
第6 結論
以上のとおり、本件審査請求には理由がないから、「第1 審査会の結論」のとおり、答申する。