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令和7年度群馬県インクルーシブ教育推進有識者会議(第3回)結果
1 期日
令和8年2月13日(金曜日)午後6時から午後8時
2 場所
県庁24階 教育委員会会議室(対面・オンライン併用)
3 出席者
委員(11名中11名出席)
霜田浩信委員、中邑賢龍委員、滝坂信一委員、是永かな子委員、伊藤駿委員、飯島邦敏委員、藤澤都茂子委員、代田秋子委員、高木沙祐里委員、清田和泉委員、酒井暁彦委員
事務局
(職員19名出席)
4 内容
(1) 開会
開会
(2) あいさつ
平田教育長によるあいさつ
(3) 次年度の活動計画
配付資料により下記4点について、事務局が説明した。
- モデル校の取組について
- 国内・海外視察について
- 理解啓発イベントについて
- 群馬県総合教育センターより
(4)協議
- 上記説明への質疑応答
- 群馬県「インクルーシブな教育」推進方針(案)について説明
- 群馬県が目指す「インクルーシブな学校」について説明
- 各委員より意見
5 委員の主な意見(要旨)
(事務局説明)
(1)モデル校の取組
- 資料のとおり、令和6年度と令和7年度の取組をまとめた。対象は、伊勢崎特別支援学校の小学部と上陽小学校の知的特別支援学級及び自閉症・情緒特別支援学級、肢体不自由特別支援学級の児童、そして、4年生通常学級の児童で交流及び共同学習を展開してきた。先生方からは成果として次のような感想をいただいた。子どもたちにとって分かりやすい題材であったため、柔軟で自然に対応することができた。教師の意図があるものの、子どものそもそも持っている力を実感することができた。PDCAサイクルで常に見直し複数回取り組んだ。関わるからこそ学べるということ、教材や教具、視覚支援、自然なかかわり方ができるようになったということなど。課題としては、伊勢崎特別支援学校と上陽小学校の先生方が一緒に考える時間がもう少しあるとよかったということが挙げられた。
- イベント的な交流であれば、実りは得やすいが、共同学習はその点は難しいが、どのようにしていったらよいかということについて、先生方のアンテナが高くなった。これは、課題であり、一つの成果でもあると思われる。
- 来年度は、国語、算数、社会といういわゆる認知的な教科による共同学習に取り組んでいく予定である。活動は一緒でも、それぞれの子どもに合った、違ったねらいをもって授業に取り組む学習環境等、最終年度の研究として対象としていきたい。「スイミー」や「やまなし」など、それどれどのような共同学習ができるのか、ざっくばらんに具体的に考え、オンラインを活用して交流し、検討しているところである。
(2)調査研究
- 今年度は、スウェーデンのマルメ市や、令和6年度から文部科学省のインクルーシブな学校運営モデル事業を委託されている自治体等を視察した。
- スウェーデンでは、多職種連携やフレックスルーム、誰もが地域の学校で学ぶことができる環境が担保されている状況などがあった。
- 国内調査先については、共通な課題があることや本県と同様に交流先の学校において距離が離れている場合の工夫など参考となることがあった。
- 来年度は、国内調査に絞り、令和7年度から文部科学省のインクルーシブな学校運営モデル事業を受託した3県のうち、予算の許す範囲で視察をしていきたい。
(3)理解啓発イベント
- 理解啓発に係る次年度の計画について、目的としては、「多様な子どもたちが共に学び合える地域社会を目指し、県民への理解と啓発を図ることである。
- イベントを実施したこの2年間を振り返ると、参加者の多くが関係者であったことや、教育委員会主体の企画・運営という点が課題として挙げられた。
- イベントでのアンケート結果から、徐々に一般の方の参加やインクルーシブ教育に係る認知度が高くなっている。更なる理解啓発を図るため、インクルーシブ教育に係る動画作成やトークセッション、シンポジウムのYouTube配信等、宣言媒体を拡大していきたい。
- 来年度は、県庁及び総合教育センターでのイベントを計画している。事業3年目になるため、参加者自らが考え、企画・運営するといったイベントをつくっていきたい。
(4)群馬県総合教育センターより
- 群馬県総合教育センターより、教職員の理解促進についての取組については、「教職員向け研修講座」、「調査研究による理解促進」の2点を実施した。
- 「教職員向け研修講座」については、幼小中高校において、養護教諭、初任者、三年目、中堅など経験年数に応じ、インクルーシブ教育における基礎基本に関する講義や協議を実施した(受講者 延べ1,172名)。
- 希望研修では、インクルーシブ教育、特別支援教育の専門性向上をテーマに、特別支援学級における自立活動、交流及び共同学習の授業づくりワークショップ、県外の実践、諸外国の取組について学ぶ講座を実施した(受講者 延べ476名)。
- 「調査研究」では、「誰もが共に生き生きを学ぶことができる授業」を研究テーマに、しょう学校においては、通常の学級、特別支援学級の児童が共に学ぶ教科の授業実践、知的特別支援学校小学部においては、多様な児童が共に学ぶ教科の授業実践をした。
- 共通の着眼点として、「多様な児童が共通の目的をもって目的意識をもち続けながら学ぶことができる単元構成」、「自分に合った学び方で学びを進めることができる環境構成」の2つを設定した。3月には、研究成果をまとめて周知する予定である。
委員からの質疑および意見と事務局からの応答
(A委員)
交流及び共同学習について、フィンランドでは、通常の先生と特別支援の先生が一緒に指導する形態で授業をしているため、そのような方向性も考えられるといいと思った。一緒に指導案を作成して、一緒に指導する、というところまでできたら面白い。
高校に関しては、農業、商業、工業、情報など職業系高校において交流は有効だということは見えてくるが、普通科の実践があったら教えてほしい。
理解啓発については、これからという部分ではあるが「多様な子どもがどのような子供たちなのか」を理解してもらうということが来年度の課題なのではないかと思う。
(事務局)
指導案を一緒につくっていくという部分については、「一緒に」というよりは、互いがアイデアを出し合うという感じで、かなり量が多いものにはなるが、作成していた。来年度はそのあたりを整理し、実態に使いやすいものにできるとよいという意見は現場から出ている。
高校の交流等の様子も視察したが、確かに職業系の高校が多かった。
(B委員)
上陽小学校の取組内容は、交流及び共同学習に関する「実践研究」や「開発研究」と捉えられる。これらがインクルーシブな教育とどのようにつながってくるのか、事務局からの説明では分からないため、補足があれば伺いたい。
上陽小学校と伊勢崎特別支援学校のそれぞれの達成度、成果などについて伺いたい。このプロジェクトは、来年度で3年目を迎え、一区切りとなるが、それ以降に向けてどのように取り組んでいくのかということが大きなポイントとなる。そのあたりは触れなくてよいのか。海外調査や国内調査について、調査結果がこのプロジェクトにどのように生かされたのか、調査で得られたもの、触発されたものが、モデル校の取組にどう生かされたのか、あるいはプロジェクトの推進など、今後の計画にどのように反映されたのかが、重要なポイントである。そのために調査をされていると思うため、令和8年度の国内調査で何を調べたいのか、それは、このプロジェクトにどのように反映させるために必要をお話いただきたい。
群馬県総合教育センターの取組については、これまでの取組と何が違うのか、分からない。例えば、共同学習や特別支援教育についての理解など、特にこのプロジェクトがなくても同じことをやるのではないか。特に、このプロジェクトと関連させて、こういったことに取り組んだとか、来年度の計画はどのようなものかなど、伺いたい。
最後に、参考情報である。高校での取組について、職業科ではないところとして、歴史的に見ると、大阪府が府立の高校で1999年から取り組んでいる。また、兵庫県や神奈川県でも全日制の普通高校で取り組んでいる。
(事務局)
モデル校については、義務教育課、教育事務所、玉村町教育委員会にお世話になり、「チーム指導主事」として授業づくりを集中的に取り組んでいきたい。調査研究については、来年度の国内調査は共同学習の授業づくりという点で調査していきたい。
(事務局)
今年度の総合教育センターの取組と本事業の関係性については、調査研究では、校種に関わらず、共通の考え方で環境構成等を考えた授業ができないかということで、共通の意識のもとで授業を組み立てていきたい。ベースとして、同じ考え方で授業をつくることができないかという研究である。来年度の調査研究については、予定ではあるが、交流及び共同学習など、モデル校など本事業と関連させながら研究を進めていきたい。
(B委員)
総合教育センターには非常に期待している。研修の中で、例えば、上陽小学校や伊勢崎特別支援学校で取り組んでいることとして、カリキュラムマネージャーが実際に両校とのつながりの中で開発しているはずであるから、どのように研究・研修に生かしていくのかは大きなポイントであると思う。その点についてはどうか。
(事務局)
来年度、群馬県の目指す事業としてまとめていく流れの中で、事業と関連させて講座の中で扱っていきたいと思っている。
(C委員)
上陽小学校と伊勢崎特別支援学校が一緒に授業を作ってきたプロセスを一度言語化していくことが、非常に大事なことであると思う。それらを総合教育センターから周知できれば、交流及び共同学習の一つのモデルとしての周知になるのではないかと思う。ぜひ、この点を大事にしてほしい。
(D委員)
さきほどの「チーム指導主事」という話について、義務教育課やセンターの指導主事とか、特別支援教育課の指導主事とか、みんなでコラボして授業を考えたのか。そうだとすれば、すごいことであると思うし、その取組を広めてもらえるとありがたい。どのように取り組み、どのような授業の雰囲気になったのか、ぜひ教えてほしい。
(事務局)
両校の研修主任の発案で、その中で取り組んできたのは両校の先生方であり、各班に分かれて話し合ってもらった。教育委員会はオンラインでその様子を見た。
(E委員)
一体、何のためにインクルーシブ教育をするんだろうかというところから、議論がどんどんずれていっているような気がする。とにかく「一緒に授業することがインクルーシブ教育」だという、議論になっているような気がして違和感がある。最重度の知的障害の子どもと、いわゆる健常の子が一緒の授業を受けられるわけがない。海外調査が、「海外はこうしているから」というお墨付きのように使われているように感じる。必ずしも海外が進んでいるわけではなく、我々が「インクルーシブ教育は子どもたちにとって、こういう形が理想である」というものを議論するのが、この会議なのではないか。
就学指導の時点で、この子にとっての進路はどうなのかと考えたとき、例えば、「ICTを活用すれば、最初からついていけるよね」というような議論が出てこない。子供たちを一緒にして学ばせたらどうにかなるだろうという形で授業は成り立っている。しかし、その中で子供たちが何を吸収し、その子にとって一番いい教育を受けたかどうかということが大切である。「どのような教育を目指していくのか」ということをもう一度、考えた方がよい。
モデル校の取組では、「同じ目標設定」であったが、そういうことではない。一緒に生活する中で、「Aちゃんはあっちで楽しくやっている、僕たちはここで楽しくやっている、だけどそれはできることが違うからね」というような意識をつくっていくのがインクルーシブ教育ではないかと思っている。
(C委員)
大きなテーマであり、協議の中で検討していきたい。事務局より説明を。
(事務局)
前回の12月の会議では、インクルーシブな学校を考えるにあたり、社会、地域などの関連性などをふまえる必要があるなどのご意見をいただいた。インクルーシブな学校を考える上で、群馬県全体、あるいは各地域、各市町村を含めて、資料にまとめたものを説明する。
文部科学省における「多様性の包摂」について、小・中学校等の全国的な統計調査より、多様な背景がある児童生徒が在籍している状況であり、群馬県においても全国と大きく変わらない状況である。今後目指す姿として「すべての子ども達が多様であり、多様なことは豊かである」ということを多くの方と共有することで、多様性を包摂し、その多様性を個人及び学校の力に変え、個性が輝くインクルーシブな教育を目指していきたい。「インクルーシブな学校」のイメージとして、土台の部分に、インクルーシブな教育(多様性の包摂)への理解啓発・教員研修・特別支援学校との交流及び共同学習があり、1階部分には、学校のすべての子どもに対して、児童生徒の多様性を包摂する学び(インクルーシブな授業)、心理的安全性のあるインクルーシブな環境、学校として編成する教育課程の柔軟化(調整授業時数)がある。
次に2階部分として、必要な子に対して、日本語指導、通級指導、長期間学校へ通えていない児童生徒への対応など通常の学級に在籍しながら包括的な支援をおこなっていってはどうかと考えている。そして、学校全体として、子どもたちがより学びやすくしていくことを考えている。学校はより早期に教育以外の専門家とチームで連携していけるようにしていきたいと考えている。これまでの有識者会議における議論や教育委員会として実施してきた調査などを踏まえ、インクルーシブな教育のうち、インクルーシブな学校についての考え方などを整理した。今後、インクルーシブな学校の中で、実際のインクルーシブな授業や、地域展開を考えた仕組み等を検討していきたいと思っているが、本日はこの群馬県が目指すインクルーシブな学校について御意見をいただきたい。
群馬県の「インクルーシブな教育」推進方針案として、「すべての子どもたちの「多様性を包摂する(インクルーシブな)環境の構成」を実現し個性が輝く学校」、サブタイトルとして「~誰ひとり取り残されなることのない共生社会の実現に向け、「群馬ならではのインクルーシブな学校」を各地域に~」とした。具体的には、「1 すべての子どもたちにとって、多様で柔軟な開かれた学校が必要という考え方を、すべての学校に広げる」、「2 すべての子どもたちが、安心して学ぶことができる居場所としての「環境の構成」の充実を図る」、「3 すべての子どもたちに、早期からの「一人ひとりに応じた支援・配慮」の充実を図る」ということを考えている。今後のスケジュールとしては、令和9年度から令和10年度にかけて、展開モデルで研究・検討をし、令和11年度から全県展開(次期群馬県教育ビジョンの検討と併行)を考えている。
(事務局)
インクルーシブな学校は、すべての子どもたちの多様性を構成する環境の構成を実現し、個性が輝く学校と定義した。多様な子供たちを含む、すべての子ども達を包摂して支援できる仕組みを考えていく。
教育以外の専門家、職種の方々と連携しながら、具体的な支援を行う仕組みを検討していく。
令和8年度インクルーシブな学校のモデル校については、上陽小学校はそのまま継続し、新規のモデル校を一校増やす予定である。上陽小学校は、文部科学省の委託事業の「インクーシブな学校運営モデル事業」における授業の実践研究の継続である。その中で、自校通級は今までなかった取組である。また、専門家派遣については、現在でも外部専門家派遣事業というものはあり、臨床心理士、作業療法士など様々な職種の方々に入っている。現在は、問題が生じたときに「点」で入っているが、新しいモデル校では、外部専門家が定期的に学校に入って、学校内を把握するとともに問題行動の「予防的な対応」ができるよう専門家の配置を検討している。それらの方々は「フレックスセンター」として、管理職経験者のセンター長に指示を仰ぎながら、運営をしていけるような体制を検討しているところである。
フレックスセンターの機能のイメージ図として、資料のとおり、主な機能として、示した。すべての子ども達の居場所として必要な支援を包括的に調整して、パッケージ支援を行う。イメージとしては、上陽小学校の「Yumeルーム」のような形が近い。フレックスセンター長が外部の専門職の方々と連携しながら、子ども達にとって必要な支援を届ける役割を担うというイメージで考えている。
(A委員)
「多様なことは豊かである」という感じ方を醸成するには、やはり互いを知り合う機会を設定するということになると思う。事務局からの説明にあった「多様性を個人及び学校の力に変える」ということについて、能力を個人化しない方がよいのではないかと思うので、せめて「個人及び集団そして学校の力に変える」とした方が、学びが個人化・個別化しなくてよいと思う。フレックスセンターは「特定分野の特異な才能」がある子どもたちも対象になると読み取ってよいと思うが、これは場所でもあり、特別な教育課程を保障するところとなると、「個別の指導計画」を作成してくれる場所にもなるのかと考える。フレックスで柔軟だが、その対象になるかは校内委員会が判断することになるのかなと聞いていて感じた。
やはり、インクルーシブ教育としては、通常学校、通常学級の改革ということを求めたいため、2階、1階とイメージ図が分かれているが、2階から1階への提案ができるとよいと思っている。2階の子どもが通常の学級にいられるインクルーシブな授業を構想するなど、通常学級の改革が求められるとよいと思う。特別支援学校のセンター的機能を高等学校に対して発揮するためには、通級設置校からかなと思った。
事務局からの説明で「教育課程の柔軟化」ということがあったが、学校裁量で柔軟に授業時間を決定できるなど、例えば校内委員会で授業時間調整できるくらいまでの裁量をもたせるのかなど、議論が出てくるのかと思う。議論には出るが、なかなか具体化されないのが貧困や性差への支援かなと感じた。資料中の用語(略称)は何を表しているのか、教えてほしい。
(事務局)
「学校を変える」というよりは、全体に広げて展開させていきたい。具体的なことはこれから取組を進めていく中で、検討していきたいと思う。高校通級は、様々な形態を今展開しているところだが、方向性についても、インクルーシブな視点をふまえて、今後検討していきたい。
(事務局)
「CS=コミュニティスクール」、「SCSV=スクールカウンセラースーパーバイザー」、「SSS=スクールサポートスタッフ」、「SSR=校内支援センター」である。
(B委員)
いま改めて、「有識者会議の設置要綱」を見ているが、要はインクルーシブ教育を推進するために、この会議は設けられているのだと思う。有識者委員の役割は一体何なのか、分からなくなってきている。つまり、会議で出た質問や重要な意見について、その後、事務局でどのように取り扱われ反映されているのかが分からない。最も重要なポイントが、そもそもどのような姿を目指すのかがはっきりしない。先ほどの協議後の説明で、いろいろな「手段」は出てくるが、「何を目指しての手段なのか」という点が分からない。
「群馬県の目指すインクルーシブな教育のイメージ」という説明があったが、あれは、最終的なインクルーシブな教育ではないのではないか。何かを目指すときのとりあえずの媒介的な過程を示しているように思う。そういったことが整理されていないため、議論がいつも中途半端になっているような気がする。「どの子どもたちも一緒に学ぶ」とか「誰一人取り残されない」という言葉はあっても、最終的なゴールのイメージが湧かない。
(E委員)
目指すイメージがあって、海外や国内視察に行くことで、ダメなところが見えてくるものである。イメージなく視察に行くと、「素晴らしい」という捉えになる。いわゆる視覚障害、聴覚障害、肢体不自由の人たちは、テクノロジーや施設改修によって、完全にインクルーシブな教育ができるので、課題は知的障害だと思っている。知的障害の概念をきちんと整理せずに、この議論はできない。いわゆるボーダーラインの子から最重度の子まで、みんな知的障害で括られて議論がされているが、同じ教育ができるわけではない。重度の知的障害の子どもを通常学級の中に入れることは、ある意味いいことだが、それによって、その後のいわゆる発達可能性が奪われてしまっていることも事実だろうと思う。その点、群馬県はどのように考えていくのかという議論が必要であると思う。
知的障害は、DSM(精神疾患の診断基準、分類マニュアル)において神経発達症の下位群に置かれる概念であり、認知的な困難さというものが合併した状態である。だから、同じ知的障害でも、漢字を書ける子もいれば、漢字がなかなか入らない子もいる。指示が通る子もいれば、通らない子もいる。聴覚機能や視覚機能、ワーキングメモリの機能から見立てて、それによってアプローチしていけば、支援方法がはっきりしてくると思う。いわゆる障害というものの理解から整理しないと、いつまで経っても同じような議論が続いて、何も変わっていかないような気がする。
ICT技術により、認知機能、記憶機能が補われ、早期からの活用によって経験を能動的にできることが、彼らの知能を発達させる可能性があるという時代になってきている。固定的に障害を捉えすぎているように思う。いわゆるインクルードされていない子どもたちはどういう状態にあるかということをきちんと見立てた上で、その形を考えていく必要があるのではないかと思う。
(B委員)
事務局が一生懸命考えて、事務局が答えを出して、我々に教え伝えるということではなく、やはり一緒に考えて一緒に取り組んでいきたいと思っている。だからこそ、いろいろな立場のいろいろな考え方の人たちが有識者委員としている。みんなで開発していけばよいし、そのプロセスとして右往左往することも含めて、議論して取り組んでみることが大切であると思う。取組に対して「言語化」して共有し、課題も含めて一緒に考えていけるとよい。
(E委員)
一緒に議論して、新しいものを作っていけばいいように思う。分かりやすい例でいうと、特別支援学校を見に行ったとき、体育館で自閉症の子どもがウロウロしていた。校長先生が呼んでも反応がなく、多くの人たちは「自閉症だから視覚支援が必要」と考えると思うが、これが類型論に基づく紋切り型の考え方になっている。その子どものところに行き、私が「いいもの持っているんだ。」と言いながら、ヘッドホンをかけてあげた。そのヘッドホンは、マイクの声が直接届くもので、校長先生がマイクで指示をすると、その子どもはすぐに行動したという出来事があった。
この例で分かるとおり、類型論に基づいて医学モデルの中で「この障害にはこの対応をしなくてはいけない」とやってきた弊害がそこにはある。もう少し、その根底から見直していくと、群馬県は群馬県の素晴らしいモデルが作られるんじゃないかと思う。群馬県の学校現場を訪問すると、本当に先生方は心ある人がたくさんおり、一緒に議論していけばいいものができるのではないかと期待している。
(C委員)
これまでの議論を振り返ると、私自身の中でも、有識者委員の皆様からご意見をいただき、それを事務局で整理・検討し、回答するという進め方が前提になっていた部分があった。しかし、本日の議論を通して、立場を超えて対話を重ねながら方向性を共に模索していく、そのプロセス自体にこそ意味があるのだと改めて認識した。また、子どもを類型的あるいは固定的な枠組みで捉え、その枠組みに沿って支援を考えてしまうことが少なくないのではないかとも感じた。私自身も例外ではない。これまでは、障害の有無や多様性をいかに包摂するかという視点に重きを置いていたが、それだけでなく、枠組みそのものよりも、目の前の一人一人の子どもにとって何が必要なのかを問い続ける姿勢こそが、インクルーシブの本質ではないかと感じた。
(B委員)
自分自身が前提としてきたこと、当たり前と思ってきたことに、どのように気が付き、そこから自由になるかという作業をやりながら、開発的なことを考えていなくてはいけないと思っている。さきほどの例では、私の捉えでは「自閉症の人たちは分からない、理解できない」から「こうしなくてはいけない」という前提をもっている。この前提が間違い、勘違いだと気づかされる。そういうことをどれだけ多く私たちが、このインクルーシブな学校開発とか、インクルーシブな社会をつくるときに欠かせないのではないかと考えている。
(C委員)
私たちが無意識のうちに前提としている固定的な考え方について、いったん立ち止まり、自らを俯瞰して見つめ直すことが大切ではないかと思う。そして、そのように前提を問い直していく営みこそが、インクルーシブの根底にあるのではないかと感じた。
(F委員)
有識者委員の皆さんの話を聞いて、当事者である立場の人は、いろいろとありがたいことをお話いただいていると感じると思う。事務局からの推進方針の案について、必要性、イメージ、目的とするところの着地点というのは、ある程度はよいと思う。その中で、とても大事なことは、「今、在学している子どもたち」はたくさんいる。特別支援学校では、「林間学校や臨海学校に親が一緒に行かないと行けませんと言われた」とか、県立高校では、「あなたが自分でここを選んだのだから」という理由で生徒や先生方からあまり介助を受けられずにいるケースもある。
来年度、モデル校を増やし、令和11年度に展開モデルをつくっていくこと自体は素晴らしいが、今いる生徒さんは、もたもたしているとそのまま卒業してしまう。今いる生徒さんがいるうちに、そういう学校から環境を整えていったり、教師や生徒、保護者の意識を変えていくための啓発をしたりすることで、成果や課題を共有しながら、事業に盛り込んでいただく必要があるのではないかと感じる。
障害だけではなく、LGBTの方は、在学中の学生さんもカミングアウトしないだけで非常に多いのではないかと思う。そういう子がいる学校から、来年度から取り組んでいく、進めていくという視点を盛り込むと、よりよいのではないか。
(C委員)
とても重要な視点であると感じ。今、目の前にいる子どもたちの課題にどのように向き合うのかという問いは、まさにインクルーシブの視点そのものであり、その取組の積み重ねが、群馬県の目指す姿を具体的に検証していくための視点にもなるのではないかと思う。
(G委員)
結局、今困っている子どもたちをどうするのかという視点は大切であると思う。保護者の立場にたてば、2030年にはもう卒業している。今からできることを順繰りにやっていったり、研修で生かしたりだと思う。インクルーシブな学校とは何だろうという議論も大切である一方で、答えのない問いを追いかけることがしんどい人たちもいると、学校現場を巡回していて感じている。そこで分かりやすく、伝えることを考えたとき、「排除することをやめる」という言い方だと腑に落ちるのではないかと思う。学校の先生方や教育委員会の方々は、目の前の困っている子どもがいたときに「どうにかしたい」と前のめりにやってくださるところがある。子どもたちの多様性を考えたときに、カテゴリー別でみると切りがなく、そこから外れる人が出てきたときに、予算がない、人がいないとかという議論になってしまう。だからこそ、「誰も排除しない」と言う方向で考えたとき、カテゴリー別に予算を付けるのではなく、学校裁量である程度使えるなどの視点が大切なのではないかと思う。
事務局からの説明で、「個性が輝く学校」とあったが、今しんどい子どもたちからすると、「個性は輝かなくてもいいから、とりあえず不愉快な思いをするのをやめさせてよ」ということを求めているのではないか。「個性が輝く」、「能力を発揮する」というよりは、教育は「何かを育てる力をはぐくむためのもの」であるという視点をもっていただくと、今困っている子どもたちの安心材料になるのではないかと思った。
(H委員)
事務局からの提案内容について、実際、現場に下ろしたらどうなのだろうと思った。次年度からフレックスセンターについて研究していくことについて、非常に興味深く、すべての子どもたちの居場所として必要な支援を包括的に支援していくことはとてもよいと思っている。一方で、通級指導、日本語指導、ユニパスなど、現場に下ろされたら大変だなと思った。退職管理職がセンター長をやるのかなと思うが、やれたらすごいが、作り上げるまでは非常に大変だなと感じた。これらをパッケージ化するのはすごいと思うし、どのようになっていくのだろうかと楽しみにしている。
今年度、高等学校の定時制で非常勤講師をしているが、その学校がまさに多様な子どもたちで、発達障害、外国ルーツ、もともと不登校だった子、貧困、LGBTQなど、全部含まれていると感じている。定時制の先生方は、その一人一人の子どもをよく見て、本当に手厚くやっていて、なんとかこの子どもたちが卒業できるように真剣に向き合っている。そういったところも着目すると、事業を進める上でヒントになると思った。
(I委員)
私は身体障害のある当事者だが、共同学習について、マイノリティな存在が大多数の人たちに合わせるということになってしまわないかなという心配がある。
通常学級の子どもたちをベースにして、その子たちと一緒に遊べる、その中で、こんな子もいるよね、この子はこんな子だよね、と互いに理解しあうという視点も大切なのではないかと思う。5教科を一緒に学ぶということだけではなく、そういった日常の交流の機会が増えていったよいのではないか。全員が互いの弱みをカバーし合いながら、取組むことが大切なのではないか思う。
(C委員)
障害のある子どもを形式的に集団の中に包摂することが目的なのではなく、一人一人の子どもが尊重され、その存在が大切にされる学校を目指すことこそが重要ではないかと感じた。
(J委員)
子どもたちのこうしたいという考えが出てきて、それを大切にできる学校を実現できたらよいと思う。お会いした保護者の中には、「日本のルールの中では(理解されるのが)無理な感じがする」と話していた方もいた。今回の話を聞いていて、やはり、障害をどのように理解していくかが大切だと思った。それを実現するためには、すべての子どもたちが思いを発信できる環境とその思いを聞いていくという視点が大切である。
(K委員)
この会議の議論の中には、医療的なものが少し薄いと感じている。インクルーシブな学校のモデル校で、専門家派遣という点はよいと思うが、実際に病院の現場で勤務している人たちが来るのか、教育委員会でお願いした人が来るのか、気になるところである。リハビリを要する子どもたちについて、特別支援学校の担当者会議では、学校の先生や放課後等デイサービス、相談員などを交えて会議をするが、医療分野の人は入っていない。一度、病院のPTにも会議に参加してもらえないかと言ったところ、「病院側のOkが出ない」と言われた。子どもたちのことを専門的な視点で見られる専門職に入ってもらえたらよいと思っている。
(B委員)
今日の話題の中で、特別支援学級や国際教室の位置づけや取組について触れられていなかったように思う。特別支援学校と通常学級についての話題に重きが置かれていた。県教育委員会と小中学校等を設置している市町村教育委員会の役割がどのように位置づけられて、今後どのような役割を担っていき、連携していくのかということも、少し整理が必要かと思う。
(C委員)
今回の会議では、事務局に意見を述べることだけが私たちの役割ではなく、共に考え、方向性を模索していくことが重要であるという点が、最も大きな確認事項であったように思う。
6 その他
事務局から事務連絡を行った。
7 あいさつ
平田教育長によるあいさつ
8 閉会
閉会








