本文
令和8年度答申第3号
第1 審査会の結論
本件審査請求には、理由がないので、行政不服審査法(平成26年法律第68号)第45条第2項の規定により審査請求を棄却すべきである。
第2 審査関係人の主張の要旨
1 審査請求人
(1) 所得が限度額を超過したことが支給停止の理由とされているが、この超過は、国が医療機関勤務者に対して実施した「ベースアップ評価料」による賃上げに起因するものである。この賃上げは、医療・介護現場の処遇改善等を目的とした政策的措置であり、審査請求人の所得増加や生活水準の向上を目的としたものではない。
重度障害の子どもの療育・通院・介助に関わる支出は引き続き多く、手当の支給が生活の支えとなっている状況に変わりはない。国の政策に基づく僅かな所得基準超過を理由として手当の支給が全部停止されるのは、制度の趣旨から見ても極めて不合理である。
(2) 国の政策的措置による僅かな所得超過を理由に、形式的な判断によって支給停止とした本件処分は、対象児童の障害の程度や福祉の維持・向上への影響について実質的な検討がなされていないため、特別児童扶養手当の「精神又は身体に障害を有する児童の福祉の増進」という制度趣旨に反して不当である。
国の政策に起因する僅かな所得の増加により、結果として障害児の福祉の維持・向上が阻害されるのであれば、それは制度本来の趣旨に反する結果である。
国が医療人材確保を目的として実施した政策的措置を受け取るか、障害児の福祉の増進を目的とした特別児童扶養手当を受け取るか、といういずれか一方を選択せざるを得ない状況を生じさせているのは、著しく不合理である。国の政策全体として見ても整合性や合理性を欠くものである。
2 審査庁
審理員意見書のとおり、本件審査請求を棄却すべきである。
第3 審理員意見書の要旨(一部の記載は、審査会において補足)
特別児童扶養手当等の支給に関する法律(昭和39年法律第134号。以下「法」という。)及び特別児童扶養手当等の支給に関する法律施行令(昭和50年政令第207号。以下「令」という。)の規定に基づき、特別児童扶養手当(以下「手当」という。)は、手当の支給要件に該当する者(以下「受給資格者」という。)の前年の所得が、その者の所得税法(昭和44年法律第33号)に規定する同一生計配偶者及び扶養親族(以下「扶養親族等」という。)並びに受給資格者の扶養親族等でない児童扶養手当法(昭和36年法律第238号)第3条第1項に規定する者で、当該受給資格者が前年の12月31日において生計を維持したものの有無及び数に応じて令で定める額(以下「所得制限限度額」という。)を超える場合は、その年の8月から翌年の7月までは支給しないこととされている。
審査請求人については、課税台帳等により確認できる給与所得から所定の控除を差し引いた総所得金額が、所得制限限度額を〇円上回っている。以上より、処分庁が行った令和7年10月10日付け特別児童扶養手当支給停止処分(以下「本件処分」という。)は、法令に従って行われたものであり、適法なものと考えられる。
所得超過の要因となった「ベースアップ評価料」については、地方税法(昭和25年法律第226号)、所得税法、租税特別措置法(昭和32年法律第26号)等に非課税所得とする明文の規定は確認できないため、当該支給分を所得計算から除外する取扱いは想定されていない。さらに、本件処分は、地方自治法(昭和22年法律第67号)第2条第9項第1号に規定する第一号法定受託事務に該当し、令で定める所得の範囲や算定方法に処分庁が独自で修正を加える裁量は認められない。また、手当には一部支給停止の制度は設けられていないため、本件で全額支給停止とした判断は適当である。
以上より、本件処分には違法又は不当な点はなく、本件審査請求は理由がないことから、行政不服審査法第45条第2項の規定により棄却されるべきである。
第4 調査審議の経過
当審査会は、本件諮問事件について、次のとおり、調査審議を行った。
令和8年4月10日 審査庁から諮問書及び諮問説明書を収受
令和8年4月17日 調査・審議
令和8年5月22日 調査・審議
第5 審査会の判断の理由
1 審理手続の適正について
本件審査請求について、審理員による適正な審理手続が行われたものと認められる。
2 本件に係る法令等の規定について
(1) 法第3条第1項は、国は、障害児の父又は母がその障害児を監護するとき等は、その父又は母に対し、手当を支給する旨を規定する。この場合において、当該障害児を父及び母が監護するときは、当該父又は母のうち、主として当該障害児の生計を維持する者に支給するものとされている(同条第2項)。
(2) 法第5条第1項は、受給資格者は、手当の支給を受けようとするときは、その受給資格及び手当の額について、都道府県知事の認定を受けなければならないと規定する。
(3) 法第6条は、手当は、受給資格者の前年の所得が所得制限限度額以上であるときは、その年の8月から翌年の7月までは支給しない旨を規定する。
(4) 法第10条は、法第6条に規定する所得の範囲及びその額の計算方法は、政令で定めると規定する。
(5) 法第39条の2は、法の規定により都道府県が処理することとされている事務は、地方自治法第2条第9項第1号に規定する第一号法定受託事務であると規定する。
(6) 令第2条第1項第2号は、加算対象扶養親族等又は生計維持児童があるときの所得制限限度額は、4,596,000円に、当該加算対象扶養親族等及び当該生計維持児童の人数に380,000円を乗じて得た額を加算した額と規定する。
(7) 令第4条は、法第6条に規定する所得は、地方税法第4条第2項第1号に掲げる道府県民税についての同法その他の道府県民税に関する法令の規定による非課税所得以外の所得と規定する。
(8) 令第5条第1項は、法第6条に規定する所得の額は、その所得が生じた年の翌年の4月1日の属する年度分の道府県民税に係る地方税法第32条第1項に規定する総所得金額(審査会注:給与所得又は公的年金等に係る所得を有する場合は、その額から100,000円を控除して得た額が総所得金額として扱われる。)から80,000円を控除した額と規定する。
(9) 令第5条第2項第2号は、地方税法第34条第1項第6号に規定する控除(審査会注:障害者である扶養親族を有する者に対する控除)を受けた者については、その控除の対象となった障害者1人につき、(8)によって計算した額から270,000円を控除し、その者が特別障害者(障害者のうち、精神又は身体に重度の障害がある者で地方税法施行令で定めるものをいう。)である場合は400,000円を控除するものと規定する。
3 本件処分の内容及び理由
処分庁は、審査請求人から提出された令和〇年度特別児童扶養手当所得状況届をもとに、支給に係る所得要件の審査を行ったところ、審査請求人の前年所得が、法第6条及び令第2条の規定に基づく所得制限限度額を超えていたため、法第6条の規定に基づき、手当の支給停止処分を行ったものである。
4 本件における論点
本件処分は、3に記載のとおり、審査請求人の前年所得が所得制限限度額を超えたことから、処分庁において支給停止を行ったものである。法及び令の規定に照らして本件処分に違法又は不当な点がないか、検討を行う。
また、審査請求人に対する、医療機関等従事者の処遇改善を目的とした「ベースアップ評価料」の支給が所得制限限度額を上回るきっかけとなっており、この点、当該「ベースアップ評価料」が地方税法上の非課税所得に当たる場合は、令第4条の規定に基づき、審査請求人の所得の金額が変化し、所得制限限度額を下回る可能性が考えられるため、この該当性についても検討を行う。
加えて、国の政策に起因する所得制限限度額の僅かな超過により、手当全額の支給を停止することが妥当か否かについて争いがあるため、この点について判断する必要がある。
5 論点に対する判断
(1) 本件処分の妥当性について
ア 法令の規定
2に記載のとおり、手当は、法第6条の規定により、受給資格者の前年所得が、所得制限限度額以上であるときは、その年の8月から翌年の7月までは支給が制限される。
(ア) 所得制限限度額の算定方法
所得制限限度額は、加算対象扶養親族等又は生計維持児童があるときは、令第2条第1項第2号の規定により、4,596,000円に加算対象扶養親族等及び生計維持児童の数に380,000円を乗じて得た額を加算した額である。
(イ) 支給を制限する場合の所得の範囲
法第6条に規定する所得は、令第4条及び第5条第1項の規定により、地方税法第4条第2項第1号に掲げる道府県民税についての同法その他の道府県民税に関する法令の規定による非課税所得以外の所得であり、その所得が生じた年の翌年の4月1日の属する年度分の道府県民税に係る同法第32条第1項に規定する総所得金額等の合計額から80,000円を控除した額である。
なお、令第5条第1項の規定により、給与所得又は公的年金等に係る所得を有する場合には、100,000円を控除して得た金額となる。
また、令第5条第2項第2号の規定により、障害者である同一生計配偶者若しくは扶養親族を有する場合には270,000円を控除し、その者が特別障害者である場合には400,000円を控除する。
イ 本件審査請求における所得計算等
(ア) 審査請求人に係る処分庁の所得計算
令和〇年〇月〇日に、〇〇を経由して審査請求人から提出された「特別児童扶養手当所得状況届(令和〇年度)」及び、同届進達時に〇〇から提出された令和〇年度個人住民税課税台帳(以下「台帳」という。)により、審査請求人の前年(令和〇年)の給与所得は〇円(A)である。
当該給与所得から、令第5条第1項の規定により給与所得を有する場合の100,000円(B)及び一律80,000円(C)を控除する。
次に、台帳上、特別障害者が〇人いるため、令第5条第2項第2号の規定により、特別障害者控除〇円(D)を控除する。
以上を踏まえて、審査請求人の法第6条に規定する所得の額を計算すると、次のとおりである。
A-(B+C+D)=〇-(100,000+80,000+〇)=〇円…(1)
(イ) 審査請求人に係る所得制限限度額
令第2条第1項第2号の規定により、4,596,000円(E)に、台帳記載の加算対象扶養親族等及び生計維持児童の数(同一生計配偶者に扶養親族である〇人の子を加えた〇人(F))に380,000円(G)を乗じて得た額を加算した額である。
E+(F×G)=4,596,000+(〇×380,000)=〇円…(2)
(ウ) 審査請求人の前年所得と所得制限限度額の比較
上記のとおり、手当の所得制限に当たるか否か判定する際の、審査請求人の法第6条に規定する所得の額である(1)は、所得制限限度額である(2)を〇円上回っている。したがって、法第6条の規定により手当の支給を停止した本件処分は、法令の規定に基づいたものであり妥当であったといえる。
(2) 「ベースアップ評価料」を課税所得として取り扱うことの妥当性
審査請求人の前年所得が所得制限限度額を上回る要因となった「ベースアップ評価料」とは、医療従事者の待遇改善と人材確保を目的として、医師等を除く医療従事者の賃上げを、国が診療報酬の上乗せという形で支援する仕組みである。審査請求人から提出された給与明細によると、医療機関から給与の一部として支給されていることが確認できる。
手当の支給を制限する場合の所得の範囲は、令第4条の規定により、地方税法第4条第2項第1号に掲げる道府県民税についての同法その他の道府県民税に関する法令の規定による非課税所得以外の所得である。
個人の住民税(道府県民税)の非課税所得とは、公益上又は政策上の理由から、あるいは課税技術上又は担税力が薄弱である等の理由から、特定の所得を課税対象から除外するもので、所得税法に規定しているほか租税特別措置法及びその他の特別法に規定されている。
この点、地方税法、所得税法、租税特別措置法及びその他の特別法において、「ベースアップ評価料」が、非課税所得に位置付けられているという規定は存在せず、「ベースアップ評価料」を非課税所得と取扱うべきとされる事実も確認できない(『令和7年度版 要説住民税』26~31頁を参照)。したがって、「ベースアップ評価料」は非課税所得であるとはいえず、令第4条の規定により所得に含めて計算を行った本件処分は妥当であったといえる。
(3) 全額支給停止の妥当性
審査請求人は、審理手続において「国の政策に起因する僅かな所得基準超過により、手当全額の支給を停止することが妥当なのか」との旨を主張するが、法第6条は、「手当は、受給資格者の前年の所得が、(中略)政令で定める額以上であるときは、その年の八月から翌年の七月までは、支給しない。」と規定し、前年の所得が所得制限限度額を超過する場合には手当を支給しないこととしており、超過の額の大小については何ら規定がない。加えて、法及び令において、手当の一部の支給を停止することを可能とする規定も存在していない。したがって、超過が僅かかどうかを評価することはできず、また、制度上一部停止がない以上は、手当の全部の支給を停止するとした本件処分は妥当であったといえる。
(4) 小括
以上のとおり、処分庁が行った本件処分は法及び令の規定に従って行われたものであることから、適法な処分であり、違法又は不当であるとはいえない。
第6 結論
以上のとおり、本件審査請求には理由がないから、「第1 審査会の結論」のとおり、答申する。







