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令和8年度群馬県インクルーシブ教育推進有識者会議(第1回)結果
1 期日
令和8年7月28日(火曜日)午後6時から午後8時
2 場所
県庁24階 教育委員会会議室(対面・オンライン併用)
3 出席者
委員(11名中10名出席)
霜田浩信委員、滝坂信一委員、是永かな子委員、伊藤駿委員、飯島邦敏委員、藤澤都茂子委員、代田秋子委員、高木沙祐里委員、清田和泉委員、酒井暁彦委員
事務局
(職員19名出席)
4 内容
(1) 開会
開会
(2) あいさつ
平田教育長によるあいさつ
(3)協議
- 2年間の取組や有識者会議で協議されてきたことをふまえた今後の取組について各委員より意見
5 委員の主な意見(要旨)
(A委員)
これまでの取組を踏まえ、改めて群馬県のインクルーシブ教育について協議する機会としたい。「そもそも何のためのインクルーシブ教育なのか」という子どもにとっての目的を共通認識しないと、交流及び共同学習や海外視察等の個々の取組が目的化してしまうのではないか。
「多様なことは豊かなこと」という認識や、互いに知り合う機会、安心して過ごせる学校、一人一人の学びを保障する柔軟な教育課程について検討を進めたい。何を目指してインクルーシブ教育をしていくのか話してほしい。
(事務局)
「サラマンカ宣言」に至るまでの経緯や、特別支援学校との関係性を踏まえた「インクルーシブな学校の開発」について簡単にB委員に説明してほしい。
(B委員)
国連は、憲章にもあるように設立時から人権問題を扱ってきた。長くテーマ別(女性・子ども・障害)に焦点を当て取り組んできたが、一人ひとりのニーズを制度設計の基本にし「誰も排除されない社会(「万人のための社会」)」を創るという発想転換を行った。
それを受け、「学校はどのような役割を果たすか」について議論されたのが、1994年にユネスコとスペイン政府によって共同開催された「サラマンカ会議」だった。そこで採択された宣言にある「行動の枠組み」には、「分離教育」から現在で言う「インクルーシブな学校」への転換をどのように図るかについて具体的な提案がなされている。そこには、それまで特別支援学校が培ってきた障害のある子どもの教育に関する知見等を「インクルーシブな学校」開発のために提供する「リソースセンター」としての機能についても含まれている。これは、日本の「特別支援学校のセンター的機能」として制度化された。
ユネスコは、「インクルーシブ教育システム」と「インクルーシブな学校」は、関連するが相の異なるものと概念規定としており、その認識は重要である。「ギフテッド(特異な才能)」という言葉や認識は人を社会的な機能として見ており、一人ひとりのニーズを基盤に取り組むインクルーシブな考え方とは矛盾するのではないか。
県教委からの提案でスタートしたこの取組が、「事業の3年が終了したのであとはお任せします」といった形にせず、学校が、先生たちが主体的に継続して学校開発を行える環境整備に関する取組が引き続き必要である。
(A委員)
国際的な流れの中で一人一人のニーズを制度設計の基本に据える大切さや、国の概念整理を踏まえた検討の必要性を確認できた。ギフテッドというカテゴリーだけで捉えるのではなく、一人一人の教育的ニーズを見ていく視点が必要である。
(C委員)
事務局資料で「特定分野の特異な才能(ギフテッド)」の表記が弱くなった印象があるが、その理由は何か。日本流のギフテッドは一斉指導や画一教材では満たされないニーズを持つ特別ニーズ教育の対象であり、支援が必要と考えている。「柔軟な教育課程」で目指す方向性や、通常の学級の改革(いじめへの不安解消や正解主義・同調過度の克服)をどのように展開するのか伺いたい。地域づくりと連動したインクルーシブ教育のモデルとして、高知県(小中一園一校)の視察を提案した。
(A委員)
本日の会議の目的に鑑み、まずは「子どもにとってのインクルーシブ教育」という視点で委員同士の意見交換をお願いしたい。
(B委員)
「ギフテッド」は元々英語圏の概念である。「日本流のギフテッド」と言うのであれば、元の概念を押さえた上で、日本としての概念規定を明確にして議論すべきである。学校に行かない自由は人権として認められるべきだが、公の仕組みとしての学校をどう作るかは別問題である。学校は社会が求めるものを反映した仕組みであり、誰も排除されない地域社会を作るために学校が提供すべき場・機会という観点からその在り方を考える必要がある。
(C委員)
特異な才能やより高次の課題を必要とする子を日本としてどう捉えるか、公教育としてどこまで保障するのかイメージ共有したい。スウェーデンのように当事者(子ども)へのヒアリングがなければ、当事者以外で議論しても最終的な判断はできないのではないか。
(D委員)
「『困った子は困っている子』と言うが、困らせているのは誰なんだ」という言葉で反省させられた。特別支援学級や学校への希望が増える中、地域の学校の教室をインクルーシブにするための授業改善や生徒指導の議論をしないといつまでも「エックスクルーシブ」になってしまう。
行政の連携や、管理職が中心となって「インクルーシブな学校をつくろうぜ!」という研修が必要である。大切なのは本人が安心して過ごせ、人とつながり、学びや活動への参加が保障されることであり、それがインクルーシブ教育だと感じる。
(C委員)
通常の学級のあり方を見直さずに別の場への選択肢が増えると、通常の学級の同質性が高まり、異質性が排除される恐れがある。色々なニーズが認められ、関係性がある場所としての通常の学級という観点を忘れないでほしい。
(B委員)
「インクルーシブな学校」の議論は、インクルーシブな社会を目指すとき、学校という場・機会は子どもに何を提供する社会の仕組みとしてあるのかという議論である。今後どのような日本社会を目指し、誰も排除されないために学校がどんな役割を担うべきかという視点から議論する必要がある。
(E委員)
我が子が通常の学級で遅れを感じて不登校気味になった際、特別支援学校の見学を経て本人が学びやすい場だと気づき、高校卒業までお世話になったという体験を共有。
(B委員)
地域の学校に通う権利や共生社会を目指すロジックを踏まえつつ、教育の質的な拡大が必要である。別の場所で学ばざるを得ない子どもを受け止めた上で、いかに学校改善(通常の学級の学びをよりインクルーシブにすること)を行うかが軸となる。
(G委員)
自身も特別支援学校への転校を何度も考えたが、「逃げ場(セーフティネット)」という選択肢があったからこそ頑張れた。最初から分けられて排除されるのは問題だが、途中で変更できる選択肢があることが大切である。通常の学級で支援の交渉を行うには大きなエネルギーが必要なため、特別支援を希望する家庭の事情にも理解を示す必要がある。
(A委員)
子どもを中心に考え、同じ場にいること自体を目的化するのではなく、安心して過ごせること、人とつながること、学びや活動への参加が保障されることを実現する学校教育のあり方を考えていきたい。
(H委員)
通常学校と支援学校を分けること自体が分離であり差別であり、大人の分離社会(働く場の制限等)につながっている。人は多様で違って当たり前というスタートラインに立ち、幼い頃から一緒に学び互いを理解・協力する教育が必要である。支援学校を充実させるのではなく、「ごちゃまぜが当たり前」をベースに分けない方法を話し合うべきである。健常者と障害者の両方を経験した立場から、差別や排除のない社会のために分離教育からの脱却が必要だと強く感じている。
(B委員)
最終的に特別支援学校をなくしていくことを視野に議論をしてきたつもりだが、「特別支援学校を充実させる方向に行っている」と、どの発言で感じたのか確認したい。
(H委員)
カウンセラーや専門職を支援学校に入れていく話などを聞いて極端に受け止めてしまったかもしれないが、支援学校に行かざるを得ない子を少なく・無くしていくことが大切だと考えている。
(B委員)
指摘を受けることで自分の気づかない点に気づき、考え直すことができるためありがたい。
(H委員)
発言の根底にあるのは、議論のスタートラインが「障害者で分けたまま」になっていることへのモヤモヤ感である。
(A委員)
もともと一緒なのだから分けないようにするにはどうすべきか、地域か特別支援学校かという枠を超えて一人一人の子どもを排除しない学校づくりが大切である。
(B委員)
歩いていける地域の学校に通えるような社会の仕組み作りが必要である。一人の担任がクラスを抱え込むということの限界を踏まえ、「学級」という形態や「授業(=業を授ける)」という関係性自体の捉え直しが必要である。
(A委員)
子どもにとっての安心や学びの保障と、共生社会を目指す上で学校教育に求められることをどのように結び付けるか。
(I委員)
学校に多様な職種や地域、専門家チームが入る可能性が広がっている。子どもが安心して自己ニーズを発信・理解できるよう支援し、大人の一方的な見立てにならないよう専門家チームを活用することが重要である。
(J委員)
学校は子どもが安心して楽しめる場所であるべきである。すぐに「特別支援が必要」と決めつけるのではなく、通常の学級の担任や集団の中で工夫できる範疇を広げ、きめ細やかに対応していく姿勢を取り戻すべきである。基礎的環境整備や専門家連携を進めつつ、安易になんでも特別支援に結びつけない手立てが必要である。
(F委員)
特別支援教育を否定した先にインクルーシブ教育があるわけではない。特別支援教育の学びや専門性は排除のためではなく、教育を受ける権利の保障や地域での支援に活かされるべきものであり、もともと大切にしていた理念に立ち返ることが重要である。
(B委員)
特別支援学校はセーフティネット(最後の砦・たとえて言うなら、各都道府県に設置されている「周産期医療センター」のような存在)であり、それを終息させていくには地域の小・中学校の質的大転換が必要である。目指す方向(ガイディング・スター)は最終的に特別支援学校がなくなることだが、時間をかけて地域の質改善を進める必要がある。
(A委員)
地域の学校や通常の学級の教育の質を高めることによって、子ども一人一人の学びの可能性や選択肢がどう広がるのかも含め、共生社会という大きな枠組みで検討することが大切である。
(事務局)
すべての子どもの居場所やパッケージ支援を行う機能として「校内フレックスセンター」を検討している。通級、日本語指導、長期間学校へ通えていない子どもたちへの支援などを緩やかに包摂し、課題が生じる前から日常的に専門家が学校に入り自然に相談できる環境を目指す。
(C委員)
特定分野の特異な才能(ギフテッド)についての表記・主張が以前より弱くなった理由を再度質問。
(事務局)
主張が弱くなったわけではなく、県内での支援ニーズの大きさをまだ十分に説明・把握しきれていないため現在の表記としている。
(B委員)
フレックスセンターでの専門家連携は「必要に応じて助言を受ける」ではなく「日常的に多職種で一緒に取り組む(コラボレーション)」という考え方と表現が適している。「特異な才能」などの言葉の使用はインクルーシブな方向性と矛盾する懸念があり、慎重さが求められる。
(A委員)
フレックスセンターの中で課題検討や多職種連携を機能化させていくことが重要である。
本日出た多様な意見を事務局でまとめ、次回の委員同士の議論へつなげていきたい。
(G委員)
資料内の「生活上の困難を確立するための指導」の「困難」は本人が作ったものではないため、表現を検討してほしい。
(A委員)
自立活動の専門用語が一般には違和感を与える場合があるため、事務局で再検討するとよい。
6 その他
事務局から事務連絡を行った。
7 あいさつ
平田教育長によるあいさつ
8 閉会
閉会







