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令和7年度テーマ展示2 昭和の軌跡-文書が語る群馬-

更新日:2026年3月27日 印刷ページ表示

あいさつ

 令和8年(2026年)は、昭和元年から100年の節目に当たります。戦争、復興、高度経済成長を経て歩んだ昭和の時代は、群馬の県政や地域社会、そして私たちの暮らしに大きな変化をもたらしました。
 今日の安全な生活基盤や産業、文化といった日々の暮らしを支える土台は、先人たちの不断の努力と選択の積み重ねによって形づくられてきました。その歩みは、当館が収蔵する行政文書をはじめ、写真、新聞などの多様な文書(歴史資料)に記録されています。
 本展示「昭和の軌跡―文書が語る群馬―」では、これらの文書を手がかりに、昭和期の群馬が歩んだ道のりを五つの章で紹介します。昭和百年を迎える今、その軌跡を改めて見つめ、未来を考える機会となることを願っています。

展示史料一覧(一部リンクなし)

ロビー展示

史料一覧(ロビー展示 )
番号​ 表題​ 史料名 請求番号 文書番号 和暦年​ 文書群・簿冊名等
1 群馬県鳥瞰図 勝地群馬 ​B ​891226 ​昭和11年 ​群馬県立文書館所蔵
2 年表         ​当館職員作成

1 昭和の幕開け

 大正15年12月の大正天皇崩御と昭和天皇の即位により、新たな時代が幕を開けました。群馬県では昭和3年に新県庁舎が完成し、落成式の賑わいに見られるように、地域社会には新時代への期待が広がっていました。一方で、子ども向け雑誌の附録「熱狂野球盤」に代表されるような大衆文化も普及し、昭和初期の暮らしには活気と新しい娯楽が息づいていました。しかし、世界恐慌の影響が国内に及ぶと、昭和恐慌として深刻な不況が広がり、県内でも失業者が増加します。さらに昭和6年には満州事変が勃発し、国内情勢は緊張を強めていきました。本章では、官報や庁舎建設の記録、新聞、雑誌附録などを通して、期待と不安が交錯する昭和初期の群馬の姿を紹介します。 

史料一覧(昭和の幕開け )
番号​ 表題​ 史料名 請求番号 文書番号 和暦年​ 文書群・簿冊名等
1 昭和の始まりを告げた官報 (PDF:246KB) 官報 ​A0182A00 ​5249 2-1 ​大正15年 ​群馬県行政文書
2 昭和庁舎建設の背景 (PDF:867KB) 『県庁舎建築関係書類』 ​A0181A0T 851 ​大正15年 ​群馬県行政文書
3 祝福と賑わいの落成式 上毛新聞     昭和3年  
4 群馬県庁舎落成記念(絵葉書) (PDF:266KB) ​群馬県庁舎落成記念(絵葉書) P8202 4160 昭和3年 坂本祐一家文書
5 少年倶楽部附録「熱狂野球盤」 (PDF:2.4MB) 少年倶楽部付録(熱狂野球盤) P8909 9034 昭和2年 中島徳造家文書
6 昭和恐慌と県内の失業対策 (PDF:592KB) 事務引継書(平田・金澤知事) A0181A0S 965 昭和6年 群馬県行政文書

2 戦争への道のりと戦時下の群馬

 満州事変以後、日本は国際社会との緊張を高め、しだいに戦争へ向かっていきました。昭和12年の日中戦争の開始と長期化で国内の統制が強まりました。昭和16年には南部仏印進駐を契機に米英などの対日経済制裁が強化され、同年の真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まります。群馬でも、昭和9年の陸軍大演習で将兵・要人の来訪や行幸に関わる出来事が報じられ、軍事の動きが社会と連動して身近なものとなりました。経済制裁や戦時体制の進行は県内の織物業にも影響を及ぼし、戦況の悪化とともに戦死者の顕彰、女性の労働動員、軍需工場での勤務、食料生産の確保―蒟蒻原料の統制などが重要課題となっていきます。本章では、こうした戦時下の変化をさまざまな資料からたどります。 

史料一覧(戦争へのみちのりと戦時下の群馬 )
番号​ 表題​ 史料名 請求番号 文書番号 和暦年​ 文書群・簿冊名等
7 昭和9年・陸軍大演習の記念写真 (PDF:654KB) 〔昭和九年陸軍大演習将士記念大写真〕 P08506 392 昭和9年 田村あい子家文書
8 要人たちはどこに泊まったのか 陸軍特別大演習関係綴 A0181A0S 1113 4-1 昭和9年 群馬県行政文書
9 行幸で起きた“誤誘導”を伝える新聞記事 ​上毛新聞     昭和9年 群馬県立文書館所蔵
10 古墳調査台帳 保渡田八幡塚古墳(上郊村2号古墳・国指定史跡) 古墳調査台帳 A1007A0B 9 昭和10年 群馬県行政文書
11 対日経済制裁下の県内織物業の動向 (PDF:442KB)  事務引継書(薄田・村田知事) A0182A00 1 4-3 昭和16年 群馬県行政文書
12 写真週報が伝えた“軍神九柱” 写真週報 第212号 昭和17年3月18日 BZA028ジョ C17214 昭和17年 群馬県立文書館所蔵
13 岩佐中佐 遺骨帰還の写真 (PDF:173KB) 岩佐中佐の遺骨かえる A0388B00 833 昭和期(年不詳) 群馬県行政文書
14 戦時下のコンニャク生産確保に関する復命書 (PDF:712KB) 特殊農産物雑事(蒟蒻原料統制関係) A0181A0S 828 昭和19年 群馬県行政文書
15 戦争末期の女性労働動員と高崎・朝日化学工業 写真週報 B KA0112 昭和19年 群馬県立文書館所蔵

3 敗戦からの復興​

 昭和20年8月、日本はポツダム宣言を受諾し、9月2日の降伏文書調印で戦争を正式に終えました。その後はアメリカを中心とする連合国の占領下で再建が進み、昭和22年には日本国憲法が施行され、政治と社会の仕組みが改められます。昭和27年にサンフランシスコ講和条約が発効され独立を回復すると、占領期に始まった取組を土台に、群馬でも災害復旧、産業の再出発、治水や電源開発が着実に進みました。こうした再建の流れの中で、地域文化を育む動きが広がり、「上毛かるた」づくりなど郷土に目を向ける活動も見られるようになります。さらに昭和28年ごろからは町村合併が進み、昭和30年代にかけて県内の行政基盤は大きく姿を変えていきました。
 本章では、当時の行政文書や新聞、写真資料を手がかりに、占領から独立回復へと至る過程で、群馬の社会基盤と地域の歩みがどのように復興へ向かったのかをたどります。

史料一覧(敗戦からの復興 )
番号​ 表題​ 史料名 請求番号 文書番号 和暦年​ 文書群・簿冊名等
16 終戦と戦意高揚―同じ紙面に残った二つの声 上毛新聞 P08401 2-3 昭和20年 片貝長治家文書
17 群馬県を襲ったカスリーン台風の被害 昭和22年9月大水害の概要 A0384A0G 1837 昭和22年 群馬県行政文書
18 同胞援護会事業一覧 県民による県民のための社会事業 同胞援護会事業一覧 P01506 1-1 昭和22年以前 西片恭子家文書
19 〔ポスター〕引揚援護徹底運動 〔ポスター〕引揚援護徹底運動 P01506 160 昭和26年以前 西片恭子家文書
20 〔ポスター〕はらから飴 援けあってこの冬を 〔ポスター〕はらから飴 援けあってこの冬を P01506 158 昭和26年以前 西片恭子家文書
21 上毛かるた趣旨 上毛かるた趣旨(手稿コピー) P01506 54 昭和期(年不詳) 西片恭子家文書
22 軍需工場の再出発 知事の事務引継書 A0182A0B 4 2-2 昭和23年 群馬県行政文書
23 尾瀬の水をどう使うか(1) ― 利用と保全のはざま― 知事事務引継書 A0182A0B 4 2-2 昭和23年 群馬県行政文書
24 尾瀬の水をどう使うか(2) ― 利用と保全のはざま― 河川関係綴 (群馬県総合開発計画調書他) A0384A0G 2000  2-1 昭和23年 群馬県行政文書
25 独立後も残された米軍基地 知事事務引継書 A0182A0B 9 3-1 昭和27年 群馬県行政文書
26 写真 米軍キャンプ・ドルウ(大泉町)     昭和期(年不詳) 群馬県立文書館所蔵
27 群馬の治水・電源強化へ向けた赤谷川総合開発計画文書 知事事務引継書 A0182A0B 8 3-1 昭和27年 群馬県行政文書
28 赤谷川総合開発計画図 河川関係綴 (群馬県総合開発計画調書他) A0384A0G 2000 1-2 昭和28年 群馬県行政文書
29 写真 相俣ダムと猿ヶ京温泉 相俣ダムと猿ヶ京温泉 A0388B00 1162 昭和32年 群馬県行政文書
30 合併促進の最終局面 ― 昭和31年の町村再編状況 知事の事務引継書 A0182A0B 14 昭和31年 群馬県行政文書
31 のぼり旗が揺れた県庁前 ― 合併をめぐる住民の訴え 写真帳ぐんま(S31~36) A0122C00 14 昭和32年 群馬県行政文書
32 昭和31年 群馬県の町村合併状況図 写真帳ぐんま(S31~36) A0122C00 14 昭和36年 群馬県行政文書

4 高度経済成長期の群馬

 昭和30年代、日本は急速な成長期に入りました。昭和31年の経済白書は「もはや戦後ではない」と示し、復興から成長への転換を象徴します。続く昭和35年、池田勇人首相の「所得倍増計画」のもと、設備投資や生産の拡大、道路・電源・水利などの基盤整備が進み、家電や自動車の普及が暮らしを大きく変えました。群馬でも、総合計画や主要事業の配置、工場誘致が進み、製造業の飛躍と群馬用水による農業基盤の強化が地域経済を後押しします。こうした「豊かさ」の広がりと歩調を合わせ、県民の歌の制定など文化振興の動きも高まりました。

史料一覧(高度経済成長期の群馬 )
番号​ 表題​ 史料名 請求番号 文書番号 和暦年​ 文書群・簿冊名等
33 高度経済成長期へ向けた群馬県の総合計画(昭和31年) 写真帳ぐんま(S31~36) A0122C00 14 昭和31年 群馬県行政文書
34 群馬県内の主要事業配置図(昭和31年) 写真帳ぐんま(S31~36) A0122C00 14 昭和31年 群馬県行政文書
35 写真 群馬発の国民車 スバル360       画像提供:群馬県立歴史博物館
36 写真スバル360発祥の地 富士重工業旧伊勢崎製作所第二工場レンガ壁       令和8年 職員撮影
37 写真 伊勢崎市・富士重工業 バスボデー生産 群馬の誇るバスボデー工場 A0388B00 1068 昭和期(年不詳) 群馬県行政文書
38 工場誘致に動く群馬県 ​知事の事務引継書 A0182A0B 19 昭和35年 群馬県行政文書
39 作に選ばれた歌詞(応募309編より) 群馬県の歌(歌詞)応募作品(309編) B 6876 昭和43年 群馬県立文書館所蔵
40 補作によって整えられた現在の歌詞(現行歌詞) 〔群馬県の歌関係〕 A0117B00 38 昭和43年 群馬県行政文書
41 作曲に携わった音楽家 服部良一氏 自筆パート譜(ピアノ) 〔群馬県の歌関係〕 A0117B00 37 昭和43年 群馬県行政文書
42 群馬用水通水がもたらした変化 写真帳ぐんま(S39~48) A0122C00 16 昭和43年 群馬県行政文書
43 群馬用水事業の全体構想図 県営かんがい排水事業群馬用水地区計画概要69 GS KS4388-00 昭和44年 群馬県立文書館所蔵

5 昭和から平成

 高度経済成長で日本の生産と暮らしは大きく進展ましたが、昭和48年(1973)のオイルショックを機に急拡大は一段落し、その後は安定成長のもとでインフラ整備と地域振興が進む時期へ移りました。群馬でも、上武国道・関越自動車道・上越新幹線の整備が段階的に進み、人とモノの流れが活発化します。交通網の充実は産業や観光、日々の移動を支え、あかぎ国体(昭和58年)に向けた準備と県民参加の盛り上がりは地域の一体感を高めました。やがて昭和64年1月7日の昭和天皇の崩御により改元が行われ、官報による公布と小渕官房長官の「平成」発表が新時代の節目として広く記憶されます。本章では、オイルショック後の社会と地域の動き、インフラ整備、そして時代の転換が群馬のくらしと地域像をどう形づくったのかをたどります。

史料一覧(昭和から平成 )
番号​ 表題​ 史料名 請求番号 文書番号 和暦年​ 文書群・簿冊名等
44 整備進む上武国道・関越道・新幹線 昭和51年8月3日 知事事務引継書 神田前知事より清水知事へ ​A0121C00 1 昭和51年 群馬県行政文書
45 上越新幹線開通 グラフぐんま GS GS19938155 昭和57年 群馬県立文書館所蔵
46 関越自動車道全線開通 グラフぐんま1985.11 GS GS19990221 昭和60年 群馬県立文書館所蔵
47 あかぎ国体の開催準備 ​昭和51年8月3日 知事事務引継書 神田前知事より清水知事へ A0121C00 1 ​昭和51年 群馬県行政文書
48 ​地域の盛り上がりを伝える『グラフまえばし』国体特集号 グラフまえばし GS ​GS19936775 昭和58年 群馬県立文書館所蔵
49 国体を彩る県民の力─広報誌が伝えた熱い日々 グラフぐんま GS GS19938156 昭和58年 ​群馬県立文書館所蔵
50 昭和から平成へ─公布を記した官報 官報(昭和64~平成元年1月) B AK0635 昭和64年 群馬県立文書館所蔵
51 新元号「平成」を発表する小渕官房長官 歴代総理大臣特別資料 写真 020 大喪の礼     平成元年 国立公文書館所蔵

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