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群馬県労働委員会は、令和7年5月13日、標記事件に関する一部救済を内容とする命令書を当事者に交付しました。その概要は下記のとおりです。
(1) 申立人:群馬合同労働組合(高崎市柴崎町)(以下「組合」という。)
(2) 被申立人:上州貨物自動車株式会社(高崎市大八木町)(以下「会社」という。)
本件は、会社が組合や組合員に対して行った次の(1)から(10)までの行為が労働組合法(以下「労組法」という。)第7条第1号の不利益取扱い、同条第2号の団体交渉拒否(誠実交渉義務違反)又は同条第3号の支配介入に該当するとして、令和5年2月14日、同年7月14日及び同月31日に救済申立てがあったものです。
なお、当委員会は、これらの各申立てを併合しました。
(1) 会社が、就業規則、賃金規程及び三六協定書その他の労使協定書(以下「就業規則等」という。)を交付しなかったこと。
(2) 会社営業所長のA(以下「A所長」という。)らが、事前に説明を行わずに、令和4年11月23日以降6回にわたりB組合員の車両点検作業のビデオ撮影を行ったこと。
(3) 会社が、令和4年11月28日付けで就業規則の懲戒処分に関する規定を改定したこと。
(4) 会社が、令和5年1月9日頃に、組合のビラ配布に係る事情聴取を従業員に対して行ったこと。また、会社が、事情聴取の事実を組合が把握した経緯について同年2月6日付け回答書によって説明を求めたこと。
(5) 賠償反則金(従業員が会社所有車両を運転中に事故を起こした場合に、従業員が負担する金額をいう。以下同じ。)の賃金控除に関する労使協定の無効を組合が主張したことに対して、会社が、返金対応した場合は適正な損害賠償を請求する旨回答したこと。
(6) 会社が、B組合員が令和5年3月7日に従業員に対してLINEで不穏当な表現を含むメッセージ(以下「本件メッセージ」という。)を送信したこと及びC組合員が就業中の他の従業員に「雇用契約をするな」と述べたことを理由に、両組合員に対して、懲戒事由の有無の調査のためとして同月24日付けで約2か月間の自宅待機命令を発したこと。
(7) A所長が、令和5年5月19日付けでB組合員に対して侮辱・名誉毀損を原因とする損害賠償請求訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起したこと。また、A所長が侮辱罪・名誉毀損罪で、会社が業務妨害罪で、B組合員を刑事告訴したこと。
(8) 会社が、令和5年5月26日付けでB組合員及びC組合員に配置転換を命じたこと。また、この配置転換に関連して、会社又はA所長が、従業員に陳情書を提出させたとされること。
(9) 令和4年11月18日付けのB組合員の組合加入通告以降、会社が、B組合員に対する残業差別を行ったとされること。
(10)会社が、C組合員に対して令和5年7月27日付けで「訓戒」の懲戒処分としたこと。
(1) 就業規則等を交付しなかったこと【棄却】
組合は就業規則等の全部の交付を求めましたが、救済申立ての前に行われた第1回団体交渉までに、組合の要求事項との関係で、これら全部の交付を求める具体的必要性を示したとはいえず、また、交付されない場合に生じる団体交渉での支障等についても明らかにしたとは認められないことなどから、労組法第7条第2号の不当労働行為には該当しないと判断しました。
(2) B組合員に対して令和4年11月23日以降6回にわたりビデオ撮影を行ったこと【全部救済】
事前にB組合員に撮影の目的を説明していないこと、点検時間の計測や点検作業の検証は他の方法でも可能であることから、撮影に相当性や必要性は認められません。また、撮影後の会社の対応や、令和4年11月18日付けの組合加入通告等の到達直後に撮影を開始したという経過から、B組合員に嫌がらせをすることで組合の影響力拡大を阻止する意図が会社にあったといわざるを得ないことなどから、労組法第7条第3号の不当労働行為に該当すると判断しました。
(3) 就業規則の懲戒処分に関する規定の改定を令和4年11月28日付けで行ったこと【棄却】
令和4年11月18日付けのB組合員の組合加入通告等を受けて会社が就業規則の改定を行ったと組合は主張しますが、通告等を受けてから改定までの期間が短期間であることなどから組合の主張は採用できません。また、改定された規定に特段不自然な点はないことなどから、組合員の懲戒処分を目的に改定が行われたとは認められず、改定手続に問題があったとしても会社に改定を隠す意図があったとまでは認められないことなどから、労組法第7条第3号の不当労働行為には該当しないと判断しました。
(4) 令和5年1月9日頃に組合のビラ配布に係る事情聴取を実施したこと及び事情聴取の事実を把握した経緯について組合に対して説明を求めたこと【一部救済】
組合によるビラ配布の直後に事情聴取が行われたこと、事情聴取後の会社の対応から安全管理上や施設管理上の必要性があったとは認められないこと、当時の組合と会社の対立状況やA所長がビラの回収を指示したことなどから、事情聴取は、反組合的な意図又は動機に基づいて行われたといえ、労組法第7条第3号の不当労働行為に該当すると判断しました。
組合に対して説明を求めたことについては、回答書の文言が組合活動に制約的な効果を及ぼすとは認められないことから、同号の不当労働行為には該当しないと判断しました。
(5) 賠償反則金の賃金控除に関する労使協定の無効を組合が主張したことに対して、返金対応した場合は適正な損害賠償を請求する旨会社が回答したこと【棄却】
会社の回答は理不尽な脅しとは認められず、会社が恣意的に請求する金額を決定するという内容とは思われないこと、また、組合への反感を従業員に抱かせる目的で回答を行ったとは認められないことから、労組法第7条第3号の不当労働行為には該当しないと判断しました。
(6) B組合員及びC組合員に対して令和5年3月24日付けで自宅待機命令を発したこと【全部救済】
自宅待機命令は、賃金について当初無給又は減額とされたこと、行動の制限を伴ったこと、また、雇用契約書上の契約期間満了日の前日に命じられ、自宅待機命令書が営業所で掲示されるなど多大な精神的不利益を生じさせたことから、不利益性が認められます。
B組合員による本件メッセージの送信は、無期だった雇用契約が令和4年度に有期に変更されたことに関する注意喚起を主な目的とした労働組合の正当な行為と評価でき、C組合員の発言の背景にも同様の目的が認められます。雇用契約期間の変更について従業員に適切な説明があったとは認め難く、不利益変更の事実を指摘することには意義があり、また、両名の行為の態様から重大な服務規律違反があったとは評価できません。会社は証拠や証言を確保できており、多大な不利益性のある自宅待機を命じる必要性があったとはいえないこと、調査に約2か月間を要するとは思われず、この間ずっと従業員への接触等を防ぐ必要性があったとは認め難いことに加え、行動制限も過度といわざるを得ません。このため、自宅待機命令に合理性は認められません。そして、自宅待機命令発令に至るまでの経緯や、当初の自宅待機命令が賃金の面で懲戒処分にも等しい内容であったことから、会社の組合活動に対する嫌悪感がうかがえます。また、組合員3名のうち2名の職場からの排除は組合活動に影響を与え、自宅待機命令書の掲示は従業員の組合への加入や関与を抑止する効果を持つものであったといえます。
したがって、労組法第7条第1号及び第3号の不当労働行為に該当すると判断しました。
(7) B組合員に対して、A所長が令和5年5月19日付けで本件訴訟(損害賠償請求訴訟)を提起したこと並びにA所長及び会社が刑事告訴をしたこと【全部救済】
A所長の職位や組合への対応における主導的役割、提訴の時期から、A所長による本件訴訟の提起は会社に帰責するといえます。請求原因である本件メッセージの送信は、その背景及び目的、内容並びに送信先から正当な労働組合活動の範囲を逸脱せず、提訴は、(6)のとおり不当労働行為に該当する自宅待機命令の期間が終わる直前に、組合と会社が激しく対立する状況でなされました。これらのことから、本件訴訟の提起は、不当労働行為意思に基づき、組合に対する対抗措置として、組合に圧力をかけることを主目的としてなされたといえます。本件訴訟によりB組合員に心理的負担等が生じて組合活動が萎縮する可能性があり、訴訟等の当事者となったときに懲戒処分を科す旨の就業規則の規定なども併せて考慮すると、裁判所に訴えを提起する権利を労働委員会がその判断をもって制限することには慎重であるべきことを考慮してもなお、不当労働行為に当たるとすべき特段の事情があるといえます。
刑事告訴についても、B組合員に心理的負担等が生じ、組合活動に影響を及ぼすといえます。A所長による刑事告訴は、本件メッセージの送信を告訴事実としており、本件訴訟と同様に会社に帰責し、その主目的も同様と認められ、刑事告訴の趣旨を逸脱するものと評価できます。また、会社による刑事告訴の告訴事実は令和5年3月27日の街宣活動や申入れ等ですが、これは(6)のとおり不当労働行為に該当する自宅待機命令に対して抗議し、内容の是正を求める目的でなされたことなどから、正当な労働組合活動の範囲を逸脱したとは評価できません。会社による刑事告訴も本件訴訟の提起と同時期に行われており、その時期や背景から本件訴訟と同様の目的を主として行われたと判断でき、また、同日の申入れの態様等から会社がB組合員のみを刑事告訴したことは合理性を欠くといえます。これらのことから、不当労働行為の成立を認めるべき特段の事情があると評価できます。
したがって、本件訴訟の提起及び刑事告訴は、いずれも労組法第7条第1号及び第3号の不当労働行為に該当すると判断しました。
(8) 令和5年5月26日付けでB組合員及びC組合員を配置転換したこと並びに従業員に陳情書を提出させたとされること【一部救済】
配置転換前に支給されていた手当(以下「特別手当」という。)の不支給など、配置転換には不利益性が認められます。配置転換は、自宅待機が終了した翌日に通告されており、(6)のとおり不当労働行為に該当する自宅待機命令からの一連の流れとして、組合員の影響力を低減するという不当な動機から行われたといえ、会社の主張する業務上の必要性も認められないことから、労組法第7条第1号及び第3号の不当労働行為に該当すると判断しました。
陳情書の提出については、会社又はA所長の指示があったと判断できる証拠はないことから、同号の不当労働行為があったとは認められないと判断しました。
(9) B組合員に対して残業差別を行ったとされること【棄却】
組合加入通告前後でB組合員に対する残業手当の支給状況に差異が生じたとはいえず、残業差別が行われたとは認められないことから、労組法第7条第1号の不当労働行為には該当しないと判断しました。
(10)C組合員に対して令和5年7月27日付けで懲戒処分を行ったこと【全部救済】
懲戒処分は自宅待機命令に反したことを理由に行われており、(6)のとおり不当労働行為に該当する自宅待機命令を前提とする懲戒処分に合理的な理由を認め難く、弁明の機会が与えられていないことから手続にも問題があります。(8)のとおり不当労働行為に該当する配置転換、その後の組合員への退職勧奨や、令和5年7月14日付けの救済申立て直後に懲戒処分が行われたという経緯からも、組合を嫌悪し、組合員を排除しようという会社の意思がうかがわれることから、労組法第7条第1号の不当労働行為に該当すると判断しました。
(1) 会社は、B組合員及びC組合員に対する令和5年5月26日付け配置転換命令をなかったものとして取り扱い、両名を配置転換前の営業所の原職又は原職相当職に復帰させ、当該配置転換命令がなかったならば支給されたであろう特別手当に相当する額を両名に対して支払うこと。
(2) 会社は、C組合員に対する令和5年7月27日付け懲戒処分をなかったものとして取り扱うこと。
(3) 会社は、不当労働行為と認定された行為について、今後同様の行為を繰り返さない旨を内容とする文書を組合に交付すること。
(4) その余の申立て(「2 事案の概要」(1)、(3)、(5)、(9)等)は、棄却する。
不当労働行為救済制度は、憲法で保障された団結権等の実効性を確保するために、労組法に定められている制度です。労組法第7条では、使用者の労働組合や労働者に対する次のような行為を「不当労働行為」として禁止しています。
〔不当労働行為として禁止される行為〕
(1)組合員であることを理由とする解雇その他の不利益取扱いの禁止(第1号)
ア 労働者が、
を理由に、労働者を解雇したり、その他の不利益な取扱いをすること。
イ 労働者が労働組合に加入せず、又は労働組合から脱退することを雇用条件とすること。
(2)正当な理由のない団体交渉の拒否の禁止(第2号)
使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを、正当な理由なく拒むこと。
※使用者が形式的に団体交渉に応じても、実質的に誠実な交渉を行わないこと(「不誠実団交」)も、これに含まれる。
(3)労働組合の運営等に対する支配介入及び経費援助の禁止(第3号)
ア 労働者が労働組合を結成し、又は運営することを支配し、又はこれに介入すること。
イ 労働組合の運営のための経費の支払いにつき経理上の援助を与えること。
(4)労働委員会への申立て等を理由とする不利益取扱いの禁止(第4号)
命令書が交付された日の翌日から起算して15日以内に中央労働委員会に再審査の申立てができます。
(1)使用者の場合 …命令書が交付された日の翌日から起算して30日以内
(2)組合の場合…命令書が交付された日の翌日から起算して6か月以内
報道提供資料 (PDF:254KB)