日本語指導を要する児童生徒が、自らの文化的背景を踏まえて学校生活に適応しながら、その能力を伸ばし、未来を切り拓くことができるようにするためには、学校全体で組織的・計画的に指導を行う必要がある。
個別の指導計画は、日本語指導を要する児童生徒一人一人の指導目標、指導内容及び指導方法を具体化し、学校全体で組織的・計画的に、きめ細やかな指導を行うために作成するものである。
近年、日本語指導に関わる個別の指導計画を作成している本県の小・中学校の割合は、およそ7~8割程度で推移している。
本ページは、日本語指導を要する児童生徒の在籍する全ての学校において、個別の指導計画が作成できるよう個別の指導計画の作成と活用のポイントを整理したものである。
1 特別の教育課程による日本語指導
(1)受け入れから特別の教育課程編成まで
平成26年4月1日から、学校教育法施行規則の一部を改正により、日本語の指導を要する児童生徒に対し、その日本語能力に応じた指導をするために特別の教育課程を編成・実施することができるようになった。この項では、個別の指導計画作成に深く関わる、特別の教育課程について概要を示す。
在籍学級から「取り出し」て指導する場合には、特別の教育課程を編成しなければならない。実施に当たっては、児童生徒の在学する学校長の責任の下、「特別の教育課程編成・実施計画」を作成し、学校の設置者へ届け出る必要がある。また、年度末には、指導実績の報告を行うことになる。
(2)特別の教育課程による日本語指導の目的
特別の教育課程による日本語指導は、以下の目的のために一定期間行われるものである。
- 児童生徒が日本語を用いて学校生活を営むことができるようにする。
- 児童生徒が在籍学級での学習に取り組むことができるようにする。
(3)作成する文書
「特別の教育課程実施・編成計画」
「個別の指導計画」児童生徒に関する記録(様式1)、指導に関する記録(様式2)
(4)指導要録への記録
特別の教育課程による日本語指導を受けた児童生徒については、「指導に関する記録」の「総合所見及び指導上参考となる諸事項」の欄に、特別の教育課程による指導を受けた授業時数、指導期間、指導の内容及び結果等を記入する。
記入例
「令和○年○月○日~○年○月○日まで、計○時間、日本語教室にて取り出し指導を行った。また、算数の時間について、計○時間、入り込み指導を行った。身近な話題について、簡単で短い文章を書けるようになった。」
2 個別の指導計画の作成と活用の流れ
個別の指導計画は、作って終わりではなく、活用に結び付けてこそ真価を発揮するものである。この項では、作成から活用までを見通した個別の指導計画の概要を示す。
(1)個別の指導計画とは
日本語指導だけでなく、児童生徒の文化的背景を踏まえた学校生活への適応や在籍学級と連携した教科指導を行う等、総合的・多面的な指導を進めていくための羅針盤となる計画である。
特に、日本語指導を要する児童生徒を在籍学級から「取り出して指導」する場合は、「個別の指導計画」を作成する必要がある。
なお、作成に当たっては、日本語指導を要する児童生徒の在学する学校長の責任の下、日本語指導担当教員や学級担任・教科担当教員等が連携して計画を作成するものとされています。
市町村や学校により様式は様々あるが、「参考様式」で示すように、個々の児童生徒に対し、概ね以下の内容を含めて記述する。
児童生徒に関する記録
- 国籍や使用言語、家族構成、生育歴、学習歴
- 学校外を含む支援状況
- 進路希望 等
指導に関する記録
- 日本語の力
- 指導目標及び指導計画
- 学校生活への適応状況、学習態度 等
(2)作成と活用のサイクル
個別の指導計画は、上図のような流れで作成・活用する。実態把握については、必ずしも初期段階で全てを把握する必要はなく、保護者や児童生徒との関係を深めながら、少しずつ補完するなど柔軟に対応しておくことが望ましい。
なお、個別の指導計画は、児童生徒の実態を捉えた重要な資料であると同時に、機密性の高い個人情報となるため、次年度に向けて、確実に引継ぎが行われるよう書類の保管、管理を適切に行うこと。その際、保管年数や適切な管理に係る具体的な内容は学校の設置者の定める学校教育情報セキュリティポリシー等に拠ること。
3 個別の指導計画を作成、活用する際のポイント
効果的に個別の指導計画を活用していくためには、下図に示すように、「実態把握」と「目標設定」、「成果の見取り」について要点を理解しておくとよい。この項では、その3点についてポイントを整理した。
(1)確かな実態把握のために
1 児童生徒を観察するタイミングとポイント
1-1 編・転入・新入学時(来日直後または国内の学校から転校してきた直後等)
保護者からの聞き取りによって把握
- 日本の学校について不案内な保護者の場合、必要事項を聞くだけでも負担になることが考えられるため、困りを受け入れ、共感的に接することが望ましい。
- 意欲的な学習への取り組みを引き出せるように、児童生徒の好きなことや興味の方向性を把握しておくとよい。
- 安心して通学できる環境づくりにつながるように、宗教上配慮すべきことや、日本での学校生活への不安等を把握し、校内の職員で共有するとよい。
面談中の児童生徒の様子から把握
- 日本語の理解に乏しいのか、学年相当の学力が不足しているのか、判断が難しい場合もあるため、母語支援員(母語ができる支援者またはボランティア)等の同席が望ましい。
- 指導に生きる実態把握となるように、「DLA(※文科省が開発した日本語能力を対話によって引き出し把握するツール)」の実施や、「つながる・ひろがる・ISESAKIステップ(※伊勢崎市が作成した受入れから実態把握、指導までを一体化させたツール)」「学習目標例(文科省)」等の内容項目と照らし合わせるとよい。
サバイバル日本語の指導(ぐんぐんプログラム)と並行して把握
- 「話す」「聞く」「読む」「書く」の4観点で見取ると指導に生きる実態把握になる。
学校間の引継ぎ事項から把握
- 週当たりの指導時数等、指導計画に生かせるよう、学校外も含めた支援状況や日本語以外の学習習得状況、学校生活での日本語の使用状況等を把握するとよい。
1-2 常時
ワークシートや感想等、本人が書いた成果物やノート、日常の観察などから実態を把握
- 実態把握をより正確にするだけでなく、児童生徒と多くの教職員が関わりを深められるように、学級内での学習の様子を、関係する複数職員で観察するとよい。
- 算数については、既習事項の把握が困難なため、「かすたねっと(文科省webサイト)」にある学年ごとの計算テストや図形テスト、文章題テスト等を活用するとよい。
- 正確な実態把握のために、日常会話の日本語能力と学習に参加するための日本語能力には違いがあることを意識し、長期的な視点で児童生徒の力をとらえるとよい。
2 保護者や母語支援員、教員間で情報共有する際のポイント
2-1 保護者との共有
日本の学校制度について共有
- 学校生活について誤解を生まないように、日本の学校制度について以下のことについて共通理解を図っておくとよい。
- 外国の学校の多くは習得主義だが、日本は学齢主義のため、原級留置はほぼ行われていないこと
- 高等学校へ進学する際は入試があること、また公立と比べ私立は費用がかかること
- 在留期間が通算3年以内であれば、海外帰国者等入学者選抜の対象となること
- 思考力を高めていくためには、母語と日本語の力をバランスよく育むことが望ましいため、家庭内で母語を使う環境の重要性について共通理解を図っておくとよい。
- 定期的に情報交換ができるよう、連絡ノートや電話連絡等、保護者の日本語能力に配慮した伝達手段を用意するとよい。
2-2 母語支援員等との共有
必要に応じて機会を設けて共有
- 児童生徒の様子から必要性があることを判断したら、すぐに実施するとよい。
- 翻訳機器では伝わらない心の機微が、母語支援員等であれば伝わる可能性があるため、児童生徒やその保護者が不安を感じるようなことや、問題行動等に関わる事案の場合は、同席を求めるとよい。
日常的に共有
- 児童生徒にとって、母語支援員等が心の拠り所となっている場合が少なくないため、観察だけでは見えにくい児童生徒の内面を把握できるよう、情報共有をするとよい。
2-3 校内の教職員との共有
学年はじめや学期末等に共有
- 日本語の指導を要する児童生徒は、学習面だけでなく、学校生活全般に困りを抱えていることが少なくないため、学校の全職員で情報共有する機会を設定するとよい。
日常的に共有
- 日本語を学校生活の中で身に付けていく動機づけの一つとして、友人関係が重要となることが少なくない。そのため、関係職員で学習面に限らず、学校生活全般の児童生徒の姿を共有するとよい。
(2)適切な目標設定のために
1 適切な目標設定のスパン
長期の目標を設定した後、短期の目標を設定し、記述する。
- 長期スパンは、概ね1年間が目安となる。短期スパンは、学期ごとが目安となる。
- 週当たりの日本語指導に係る指導時数を加味して、例えば、短期で集中的に日本語指導を行っている場合は、その期間を一つの単位として目標設定するなど、実態に合わせて柔軟に目標設定スパンを考えることも効果的である。
2 文章表記をする場合に含めることが望ましい内容(内容項目)
- 児童生徒の日本語の力を多面的に見取ることができるよう、「話す」「聞く」「読む」「書く」の領域別に具体的に記述するとよい。
- 日本語指導担当だけでなく、他の教職員や保護者と目標の共有ができるように、具体的な記述にするとよい。また、評価者が変わっても同じ結果となるような、客観的に見取れる事実を想定した表現であることが望ましい。
- 在籍学級における教科指導とのつながりを特に重視する場合は、「教科学習における目標」についても記述するとよい。
- 文科省の「学習目標例」に示された大目標例や、愛知教育大学外国人児童生徒支援リソ-スルームの「外国にルーツを持つ子供たちの学習目標例」等を参考にするとよい。
3 子供のつまずきを解消する手立てを含めた記述があると有効と考えられる事例
事例1「ひらがなの学習のつまずき」
- ひらがなの学習において、読みの学習から始め、その後、書く学習に移行した。
- 読みで習得した音と、書き文字が一致しないことから子供に混乱が生じた。
- 読みの学習が不十分なまま、書く活動に移行したことが主な要因と考えられた。
↓
考えられる手立て
「ひらがなを書く場合は、すでに身に付けた日本語の語彙の中から、一部を抜き出すことで、発声時の音と、文字とが結び付きやすいようにする。」
(3)指導に生かす成果を見取るために
1 成果を見取る視点の例とポイント
- 児童生徒が無理なく日本語の力を身に付けられるよう、教員の目標設定が適切であったかどうかを含めて判断するとよい。
- 「話す」「書く」は個人の力量差が大きい傾向にあるため、作文、会話等で見られる助詞の活用や語尾の適切さ、語彙等について細やかに見取るとよい。
- 目標を設定する段階で「話す」「聞く」「読む」「書く」の領域別に分けておくと、成果を見取る際も焦点化しやすくなる。
2 成果の見取り方の参考事例
事例2「DLAの利用」
- DLAの評価キット(語彙カード等)を利用することで、言葉の力の向上を客観的に見取りやすくなる。
- DLAを年度初めと年度末の2回程度実施することで、成果が明確になる。
〈記入例〉
年度末にDLA基礎語彙を実施した所、80%(44/55)であり、年度当初(49%)と比較して語彙力の向上が見られた。
3 複数の目で成果を客観的に見取るための工夫事例
事例3「教職員による事前共有」
- 成果を見取る方法や指標について、職員間であらかじめ原案を共有しておく。
- 職員間で妥当性について意見を交換したり、管理職から助言を得たりする。
4 成果を見取る望ましいタイミング
大きく分けて、以下の三つのタイミングが想定される。
- 年度初め…「前年度までの日本語力」を把握し、指導目標や指導計画等に反映させる。
- 年度途中…年度当初に把握した実態と、見取った成果を比較し、設定した目標を見直す。
- 年度末……指導計画、内容等を成果に基づいて見直し、次年度に引継げるようにする。
(4)効果的な活用事例等
事例4「成果を見取り、目標の修正を図ったケース」
当初把握していた実態
- 日常生活に課題を感じない程度に「聞く」能力が高い。
- 友達も多く、日本語を用いたコミュニケーションへの意欲もある。
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当初の目標を「義務教育で学習する常用漢字を身に付ける」と設定した。
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成果の見取りのため、作文を書かせたところ、以下の実態が判明した。
- 長音、文体、語彙等、さまざまな課題があること
- 日常は、ひらがな中心で漢字をほとんど使用していないこと
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学級担任と相談し、目標を「小学校低学年で学習する常用漢字を身に付ける」と修正。
事例5「個別の指導計画によって、連携が深まり、児童生徒の指導に好影響が出たケース」
JLT(巡回型日本語指導教員)が個別の指導計画の原案を作成し、学級担任に提案した。
- 「同じことを課題と感じていた」と担任から反応があった。
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学級担任の提案により、今後の指導方針について話し合いを行った。
- 対象児童の支援だけでなく、学級経営や心配事についても共有する機会となった。
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日本語指導担当と学級担任の相互理解が一層深まり、指導の成果に結び付いた。